第18話 生徒会長に呼び出される、悪役貴族

 昨日は一晩中、リディアにをしてもらったおかげで、全快した。

 もっとも、で疲れが溜まったとも言えるが……些細な問題だ。


 というわけで学園に通学したが、『放課後に一人で生徒会室に来るように』と呼び出しを受けた。


「一体なんだ?」


 ──とはいえ、大体の要件は分かっている。


 俺を呼び出したのは、アストリエル学園の生徒会長だろう。


 ゲームでは入学してすぐの実力試験で、主人公クライヴは結果を出した。その結果に目をつけられ、生徒会長から呼び出しを受けるのだ。

 しかし、ここでは俺が試験で一位を取ってしまった。ゆえに原作ストーリーとは同じ展開にならなかったのだろう。


「あんまり、原作ストーリーに絡むようなことは、したくないんだよな……どこに破滅が潜んでるか分からない」


 ゲームでは、この辺りでプレイをやめてしまったので、先の展開が読めない。

 彼女のことはほとんど噂と、大講堂の壇上に儚げに立つゲームのPVから把握しているくらいだ。

 きっと、入学式の一シーンだったんだろうな、あのPV。


 だが、生徒会長の呼び出しを無視するわけにはいかない。


 何故なら、アストリエル学園の生徒会長は絶大なる権力を有しているからだ。

 その権力は教師にも勝る時があり、一人の生徒を退学させることくらいなら余裕で出来る。

 生徒会長を無碍にして、変に破滅フラグが立つのもダメだ。気は進まないが、とりあえず話は聞いてみるべきだろう。


 というわけで授業を真面目に受け、放課後に俺は一人で生徒会室に向かった。


 生徒会室の扉を開けると、既に一人の少女が待っていた。



「来たわね」



 彼女は執務机の上に腰を下ろして、じっと俺を見つめる。


 生徒会長シャノン。

 三年生の先輩だ。


 制服をキレイに着こなしており、右の手首にはであることを示す赤のリストバンドがつけられていた。

 宝石のような金色の髪が特徴的で、顔は化粧っ気がないものの恐ろしいくらいに整っている。

 抜群のプロモーション。胸の大きさは慎ましいが、代わりに上から下まですらっとした肢体が魅力的だ。

 俺を見る彼女の瞳も、どこか蠱惑的。口元にはうっすらと笑みが浮かんでおり、唇は柔らかそう。

 足を組んで座っているせいで、彼女の眩しい太腿があらわとなり、思わず目を惹きつけられてしまった。


「なに? さっきからじーっと見つめてるけど。私の顔に、なにか付いているかしら?」

「いや……そんなことはありません」


 さっと目を逸らす。



 いかん、いかん──つい彼女をエロい目で見てしまったぞ。



 なんとなくだが、彼女はそのことを知ってなお、堂々と振る舞っているように思えた。


「で……シャノン生徒会長、なんでしょうか? 俺、なんかヤッちゃいましたか?」

「あら、自己紹介もまだなのに、私の名前を知ってるのね」

「あなたは有名ですから」

「ふふっ、光栄だわ。あなたのこともよく知ってるわよ、ギル・フォルデスト。夜な夜なお気に入りのメイドを部屋に連れ込み、ここでは言えないような行為をしていると」


 揶揄からかうように言うシャノン。


「それは誤解です。俺は言えないような……いや、強ち間違いじゃないか? 正面切って話せるかといわれれば、そうじゃないし……」

「色々ぶつぶつ呟いてみたいだけど、本題に入るわよ」


 シャノンも俺とリディアの関係は追及する気はなかったのか、こう話を始める。


「実力試験の話、聞いたわよ。優秀な成績を収めたそうね。しかもC級魔物のゴブリンキングを倒し、反魔法協会の人間に出会しても無事に切り抜けた……と。すごいじゃない」


 ……やはり、そのことか。

 予想通りすぎた話題に、つい笑ってしまいそうになる。


「まあ……運がよかっただけですよ。それに──」

「あっ、そうそう。私に敬語なんか使わなくてもいいわよ。私はあなたと仲良くなりたいから」


 にっこりと笑みを浮かべ、目を細めるシャノン。

 仲良くなりたい……という言葉をそのまま信じるわけではないが、そう言うなら従わせてもらおうじゃないか。


「そうか。だったら、お言葉に甘えさせてもらう。話の続きだが、俺なんかシャノン生徒会長に比べたら、大したことないんじゃないか? 生徒会長の話は常々聞いている。アストリエル学園、きっての天才──だって」


 シャノンの快挙は、挙げればいとまがない。


 いわく、一年生の際にA級魔物を一人で討伐した。

 いわく、勉学においても入学してから、一位の座を一度も誰かに譲ったことがない。

 いわく、みんなの憧れの的であり、毎日のように男女関わりなくラブレターが届く。

 その上、家柄も超立派で実家は公爵家。


 いやー、チートすぎるよね。


 それに比べれば、俺なんか地面を這いつくばる虫みたいなものだ。


「そんなあんたに褒められても、お世辞にしか聞こえないんだが?」

「あら、意外と謙虚なのね。やっぱり、前々から聞いていたギル・フォルデストの話とは違うわ。噂は出鱈目だったか……それとも、なにかがあなたを変えたのかしら?」


 じっと、真意を測るように俺の瞳を見つめるシャノン。


 当然俺も、転生者であることを伝えないし、仮に伝えても頭が変になったと思われるだけなので、問いに対する答えは口にしない。


「はあ……そんなことを聞くために、俺を呼び出したのか? だったら、俺はもう帰るぞ」

「待ちなさい。これは挨拶みたいなものじゃない。私はこれでも、あなたのことを高く買ってるのよ。そんなあなたに、頼みたいことがあってね」


 頼みたいこと?


「実は、ある生徒の悩み事を解決してほしいの」

「はあ? どうして俺がそんなことを……」

「本来なら相談された私が解決すべきだとは思ってるけど、無理だったのよ。だから……あなたなら、もしかしてって思ってね」


 シャノンは肩をすくめる。


 アストリエル学園きっての天才と言われたシャノンでも無理なのに、俺が解決出来るとは思えないが……まあ話だけは聞いてやるか。気になるし。


「どのようなお悩みで?」

「それは本人から聞きなさい。ここからは個人情報に関わることだから」

「一方的に話を持ちかけたくせに、随分と自分勝手だな」

「意地悪なこと、言わないでちょうだい。そうね……言える情報があるなら、まず悩み事がある生徒は、あなたと同じ一年生。そして悩み事の解決のためには、魔力の操作が鍵になるわ」


 なるほど……この様子だと、俺がゴブリンキングを精神操作で倒したことも知っていそうだな。


 自分で言うのもなんだが、相手の精神に干渉する魔法は、かなり高度な魔力操作が必要となる。

 そのことに目を付け、彼女はこんな頼み事を俺に持ちかけたのだろう。


 だが。


「失礼を承知で聞く。あんたの頼み事を聞いて、俺にどんなメリットが?」

「そうね……この問題を解決した暁には──」


 シャノンは唇に右手を当て、こう言った。




「私を好きにしてもいい──これでどうかしら?」




「あっ、はい。やります」


 …………。


 やっべー!

 シャノンの言葉があまりに魅力的だったから、ろくに情報を精査することもせず、つい即答しちまった!


「よかったわ! ありがとう。やっぱり、あなたは優しい人ね!」


 シャノンは嬉しそうに手を叩いた。


 有無を言わせない雰囲気である。これではやっぱり嫌ですと言いづらい。


 まあ……いっか。


 シャノンもゲームのヒロインだ。

 なにか裏がありそうだが、ここで彼女の好感度を上げても損はないだろう。


「あなたが頷いてくれると思って、件の生徒にはもう話を通しているの。一階の空き教室……そこで待ってるわ。詳しい話は、その生徒から聞きなさい」

「随分と準備がよろしいことで」

「ありがとう」


 俺の皮肉にも、シャノンは笑って受け流した。


 ちっ、強制イベントだったか。ゲームでもクライヴはシャノンから呼び出されるが、その際は「あなたに挨拶したかっただけ」と言うだけだったはず。

 なにがシャノンを変えたのだろうか。


「あなたには期待しているわよ」


 考えていると、シャノンはゆっくりと立ち上がり、俺に歩み寄った。

 そして俺の顎をくいっと持ち上げ、


「私の期待を裏切らないでね?」


 と至近距離から言った。


 この時の彼女は、まるで悪魔に取引を持ちかけているような冷徹な色気を放っていた。

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