第15話 反魔法協会

 突如、頭の上から聞こえてきた謎の声に、俺たちは咄嗟に身構える。


 声のした方に顔を向けると、木の幹に腰かけ、俺たちを見下ろす一人の男がいた。


「誰だ……?」


 警戒を滲ませて、男に問う。


 男は膝下まで隠れる、長くて黒いローブを身にまとっていた。

 頭にはシルクハットを被っており、手の甲には蛇が蛇を食っているような紋章が刻まれているのが見えた。


 学校の先生か?

 いや、こんなヤツはいなかったはずだ。

 それになにより、こんな怪しいヤツが学園の関係者とは思えない。


 リディアとミラベルも警戒を崩さず、戦闘体勢となった。


「…………」


 一方、謎の男は冷ややかな目で俺たちを見ているだけである。


「だんまりか……だったら、いっぺん


 先手必勝!

 触手が男の後ろ側から襲いかかる!



 ──こういうキャラは、大体ヤバいって相場が決まってんだよ!



 触手は男のもとに伸び、その四肢を拘束しようとした。

 不意打ちの攻撃に男は為す術がなく──


「なかなか好戦的ですね」


 しかし、話はそう甘くなかった。


 触手が男に触れようかとした時、男がその場から跳び退く。

 そのまま空中で軽く右手を振ったかと思うと、触手は細切れに切断されてしまっていた。


「魔力は空だったのでは、ありませんか?」

「うるせえ。お前みたいな不審者一人を追い払うことが出来るくらいは、出来るんだよ」


 空中で浮遊している男に、敵意を滲ませて答える。


 浮遊魔法だろうか?

 確か、かなり高度な魔法だったはずだ。

 だが、男の表情には余裕すら滲んでおり、一切の疲れを見せない。


 こいつ……やっぱ、タダモノじゃないな。


「あなたは楽しい人ですね。そう睨まれると、味見したくなります。もう少し、私と遊んでくれますか?」


 男が手をかざす。


 その瞬間だった。

 今まで隠していたのだろう、男から膨大な魔力が奔流する。

 空気がピリピリとひりつく、リディアとミラベルの二人も一歩も動けないでいるようだった。



 ──下手に動いたら死ぬ。



 そう本能が警鐘を鳴らしていたが、


「……冗談ですよ。今日は挨拶だけですから。そう怖い顔しないでください」


 一転しニッコリと笑って、男はすっと手を下ろした。

 

「怖い気持ちにさせてしまったお詫びに、私の名前を教えてあげましょう。私はロードリック。神の代行者たる一人です」

「神の代行者? 随分と大きく出たな。人が神の代行者を名乗るなど、おこがましいにも程があるぞ」

「愚かな人間には、私の言うことは理解出来ないでしょう。今日は楽しかったです。またお会いしましょう」

「俺はもう二度と会いたくないけどな」


 俺がそう吐き捨てると、男──ロードリックは目の前から消え去る。


 ヤツの魔力も気配も感じなくなり、俺はようやく息を吐いた。


「ギル様! お体は無事ですか!?」


 緊張が解かれ、リディアが心配そうに俺に駆け寄ってくる。


「ああ、平気だ。別に攻撃されたりしたわけでもないからな」

「で、ですが……!」

「だから平気だって。それよりも俺は、お前が無事だったことに嬉しいよ。リディアに手を上げたら、あいつを本気でぶっ殺さなくっちゃならないからな」


 と俺はリディアを安心させるように、彼女の頭をポンポンと軽く叩いた。


「ミラベルも、ヤツになにかされていないか?」

「大丈夫だ──それにしても、神の代行者か。ロードリックと言っていたな。ヤツが着ていた聖職衣もそうだし、手に刻まれた紋章といい……間違いない。ヤツは反魔法協会の一員だ」

「反魔法協会?」


 どこかで聞いたことがあるような気がするが、思い出せなかったので、ミラベルに聞き返す。


「『魔法は神の力であり、全ての魔法は神の元に帰すべき』という信条がある組織だ。そのため、ヤツらは神の力である魔法を使う魔導士を敵視している」

「そう言って、ヤツも魔法を使っていたように見えたんだが!?」

「ヤツら自身は、『自分たちの行いは、神の代行者として、汚れを清浄している』だけと考えているようだ。思想は各々の自由だが、ヤツらは魔法研究所を襲ったりと……協会の何人かは、指名手配にもなっている」


 なんて独善的な……。


 そういや、ゲームの設定でも反魔法協会は語られていたように思える。

 しかし序盤にちょっと名前が出ていただけだし、それ以降をプレイしていない俺では詳細を知らない。


「リディアは知っていたか?」

「反魔法協会の名前くらいは……ですかね。でもなんにせよ、反魔法協会の名前は人々の恐怖の象徴ですし、わたしも嫌いです」

「なるほどな」


 前世でもそういった組織は、たくさんあった。

 間違った正義感っていうのかなあ。

 陰謀論に騙され、自分たちの行いを正当化する集団はどこにでもいるものだ。


「ギル様、あの男──ロードリックを追いかけなくてよかったんですか? 不穏なことを言っていました。転移の魔石は短距離しか移動出来ませんし、そう遠くは行っていないと思いますが……」

「いや、深追いは禁物だ。あいつ、かなり強い。俺じゃあよ」


 少し対面しただけだが、すぐに分かった。


 ロードリックはかなり危険な魔導士だ。


 確かに『またお会いしましょう』とか、気になることを宣っていたが、追いかけても返り討ちに遭うだけだ。


「戦えば負けると分かっていたのに、焦らずにあれほど自信満々に君は話していたのか?」

「はっ! 弱いところを見せたら、つけ込まれるだけだからな。ハッタリでもなんでも、こっちが余裕を見せなきゃいけない立場だった」


 実は内心、心臓バクバクだったけどな!

 早くどっか行ってくれと思っていた!


「私は恐怖で体が動かなくなっていたというのに……本当に君ってヤツは……どこまで私を驚かせてくれるのだ」


 俺の気持ちを知ってか知らないのか、ミラベルが関心したように何度か頷いた。


「どちらにせよ、このことはマリエル先生にも報告ですね」

「ああ」


 リディアの言葉に頷く。


 謎は色々と残る。

 しかし。


「よし。とにかく、早く帰ろうぜ。お腹が空いた──」


 と言いかけると──ぐらりと体が傾き、リディアの体にもたれかかってしまう。


「ギ、ギル様!?」


 驚きの声を発するリディア。


「いや……やっぱ、魔力を使いすぎたみたいだわ。緊張が解けて、急に立ちくらみが……」

「やはり、さすがのギルとて限界だったか」


 ミラベルの声にも、心配の類がこめられている。


「ギル様がこうなっては、脱出の魔石を使いましょうか? 帰る道中に、なにが起こるか分かりませんし……」

「いや、問題ない。現時点のポイント数でも、一位は揺るぎないと思うが……変にケチをつけたくない。それに……」

「それに?」

「リディアの柔らかいおっぱいに包まれて、歩けるくらいには回復した。もう少しこのままにしてくれれば、魔力も全回復するはず──」

「早く離れろ!」


 リディアの胸の柔らかさを堪能していると、ミラベルに無理やり剥がされのであった。

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