第14話 支離滅裂な原作主人公

「ふう……なんとかなったな」


 おびただしいゴブリンとゴブリンキングの死体を眺め、俺はようやく戦闘体勢を解いた。


「ゴブリンキングに精神操作が効いたおかげで、楽勝だったな。リディア、ミラベル。二人とも大丈夫か」

「へっちゃらです!」

「ギルのおかげだな。全く……急にゴブリンキングが味方のゴブリンを攻撃しだしたかと思ったら、やはり君がなにかをしていたか。精神操作……と言ったか?」

「ああ」


 ミラベルの問いに、俺は首を縦に振る。


「あんなものが使えるなら、無敵ではないか」

「そうでもないさ。精神操作は便利だが、決して万能というわけじゃない」


 まず人間には効きにくい。相手が俺の精神操作を無条件に受け入れてくれるならともかく、ほとんどが弾かれてしまう。


 そしてもう一つの問題が、魔力を大量に使う必要があるということだ。

 今の俺では一日一発が限度といったところ。


「そのせいで、今の俺の魔力はすっからかんだ」

「なんだ、そうだったのか」

「どうした? なにかほっとしたような顔をしてるが」

「いや……これは小説で読んだ話だぞ? 私が考えたことではないからな?」


 と、何故だかミラベルは前置きをしつつ。


「その小説では──精神操作魔法を使い、女性を無為やり従わせてる悪役がいたんだ。もしかしたら君も……と」

「どんな小説を読んでんだよ! エッチな小説なんじゃねえのか?」

「ふ、普通の小説だ! 決して人目にはばるような小説ではない!」

「ギル様! わたしはいつでもウェルカムですからね! いつでもわたしを捜査してください!」


 頬を赤らめるミラベルに、期待をこめた目で俺を見るリディア。戦いが終わったばかりだというのに賑やかだ。


「ミラベルにはあとで問い詰めるとしてだな……えーっと、アイリス……ともう一人の男も大丈夫か?」

「う、うん」


 アイリスに声をかけると、彼女は戸惑いながら立ち上がった。


「ギル君たちが助けてくれたおかげだよ。ありがとう。ボブ君も怪我はしなかったかな……?」

「あ、ああ。平気だ」


 どうやら、アイリスの隣にいた男はボブという名前らしい。ボブも服をパンパンと払って、立ち上がった。


「あとは……クライヴも大丈夫だよな? お前は腰を抜かしてただけだし」

「な、な、な……」

「な?」

「なんて非道な!」


 なにを口走るかと身構えていると、クライヴは俺に指を突きつけて、そう言い放った。


「はあ? なんでそんな話になる」

「だ、だって、精神操作魔法なんて……おかしいじゃないか。戦いを愚弄している。男なら男らしく、正面切って戦うべきだ!」

「ちょ、ちょっと、クライヴ君!」


 今にも俺に掴みかかってきそうなクライヴに対して、彼のチームメンバーであったアイリスとボブが止めにかかる。


「おかしいよ! ギル君がわたしたちを助けてくれたんだよ?」

「そうだぜ、ギル。そりゃあ、戦いらしい戦いじゃなかったもしれないけどな。現に精神操作魔法が、禁忌とされていた時代もある。だが今はそうじゃないし、助けてくれた恩人に文句を言うなんて筋違いだぜ」

「うるさい!」


 だが、クライヴは二人の手を振り払って、俺に敵意を向け続ける。


「そもそも、ミラベルがどうして悪役のギルのチームにいる? 

「貴様はさっきからなにを言っている……?」


 ミラベルもこれには不快に感じたのか、眉間をぴくぴくさせた。


「私が誰とチームを組もうが、貴様に文句を言われる筋合いはない。おかしいのは貴様の方だ。魔物に殺されそうになって錯乱しているかもしれないが、それでも言って良いことと悪いことが……」

「黙れ!」


 とうとうクライヴは拳を振り上げて、ミラベルに襲いかかりそうになった。


 しかしクライヴが一歩目を踏み出そうとした時、彼の体がぐらりと傾いた。

 そのままクライヴは地面に膝を突く。


「疲労が溜まってるみたいだな。お前らは脱出の魔石を使って、森から出ろよ」

「う、うん。そうするよ。ギル君、本当にありがとうね。そしてクライヴ君のこと、ほんとごめん」

「おい、ギル。行くぜ」

「ま、待ってくれ。僕はまだ負けを認めて……」


 ふらふらと立ち上がり、俺たちに向かってこようとするクライヴであったが、アイリスとボブに脇を支えられる。

 そのまま三人は魔石を使い、俺の前から消えてしまった。


 場には俺たちだけが残された。


「一体、ヤツはなにを考えているんだ?」

「さあな」


 ミラベルが発した問いに、俺は肩をすくめる。


 元々、ゲームでも正義感が強いクライヴであったが……それでも、あんなに身勝手なヤツだったか?

 いくら俺の精神操作魔法が気に入らなかったとしても、助けられたら礼を言うキャラだったと思うが。


 しかしクライヴといったら、作中でも屈指の諦めが悪いキャラだ。それが暴走してしまった形なのかもしれない。


 彼の他のチームメンバーも俺を擁護してくれたため、これがそのまま破滅に繋がることはないだろう。

 ……だよな?


 僅かな違和感は残ったが、その正体が分からずにむずむずした。


「ギル様にあのような言葉……万死に値します! 次にあの人の顔を見たら、怒ってしまいそうです!」

「まあまあ、リディアも」


 お冠のリディアを、俺はそう宥める。


「だが……これで私たちのトップは揺るがないものとなったな。ギル、リディア、これを見てみろ」


 ミラベルは言って、支給された魔石にぐっと力を込める。


 するとぼんやりと『175』という数値が表示される。

 これが現在、俺たちが所持しているポイントである。


「52ポイントでも圧倒的だったのに……それから100ポイント以上も伸びましたね」

「ここから先、他のチームが魔物を狩り続けても、到底追いつけないだろう。私たちの勝ちだ」


 そのミラベルの言葉を、俺は慢心だとは思わなかった。


 そもそも、この森には雑魚しかいない。ゴブリンキングがイレギュラーな存在だったのだ。

 つまり他チームが今から逆転出来るほどのポイントも、稼げないということだ。


 唯一、『ゲーム設定の都合上』という言葉でなにを起こすか分からないクライヴが怖かったが、彼らは脱出の魔石を使った。これでクライヴチームは試験から脱落。名目ともに、俺たちの敵ではなくなった。


「一件落着……ってところか」

「そうだな。あとはこの場を早く離れよう。もう出てこないとは思うが、また強い魔物に出くわしたくない」

「ギル様も魔力を大量に消費されましたものね。ここから先は私に任せてくれださい。帰り道なら覚えていますから……」


 ミラベルとリディアが、順番にそう口にした時であった。



「──これは面白いものを見れました。まさか、あなたたちがゴブリンキングを倒してしまうとはね」

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