第12話 最後に逆転する主人公はテンプレ(途中からsideクライヴ)

「大物……?」

「ああ、ゴブリンキングだ」


 不思議そうにするミラベルに、俺はそう答える。


 ゴブリンキング。

 その名の通り、ゴブリンの王たる存在だ。


 単体だけでも強いのに、複数のゴブリンを従えて出現する。今回のイベントのボス的な存在で、実力試験終わり間際にクライヴはゴブリンキングに遭遇する。


 そのゴブリンキングを討伐した際に得られるポイントだが、なんと脅威の100ポイント。

 周りにいるゴブリンもまとめて倒せば、得られるポイント数はそれ以上になってしまう。


「ゴブリンキング……確かC級魔物であったな」


 ミラベルもその存在を知っているのだろうか、こう口にする。


「C級魔物の討伐は一年生レベルでは難しい。いたとしても、上位何%しか無理だろう。確かにそいつを倒せば、雑魚ばかりを狩っていた私たちではポイントに差がつく」

「だろ?」

「だが、本当にゴブリンキングがこの森にいるのか? これだけ歩き回っても、全くいなかったぞ? いくら逆転の一手になるとはいえ、いなければ意味がないのでは?」

「それがいるんだよなあ」


 どうしてそんな強い魔物が、雑魚しかいないこの森にいたのかはゲームで語られていない。

 きっと、ゲームの製作陣も深く考えていなかったんだろう。

 主人公の活躍シーンを描くための、都合のいい設定というやつだ。


 他の連中は頭にないだろうが、この世界がゲームだと知る俺だからこそ気付ける一手だ。


「一位でなくてもいいと言っても、クライヴにだけは勝っておきたい。そのためにもここで、クライヴたちの逆転の芽を摘む」


 ぐっと拳を握る。


「クライヴたちがゴブリンキングを見るける前に、俺たちが狩ってしまおう。そうしたらヤツらが逆転することはなくなる」


 あえてクライヴたちの逆転を、見過ごす手もあるが──なにせこれは、彼がクラス内で地位を大きく向上させるイベント。

 なにが起こるか分からないし、破滅の予兆を感じたらすぐにでも摘んでおくべきだ。


「さすがはクライヴ様……わたしたちでは予見していなことも、見過ごしているんですね。ですが──」


 リディアがこう言う。


「そのゴブリンキングとは、どこで遭遇出来るんですか?」


「……あ」


 リディアに言われて、気が付いた。


 やべ。


 ゲームでは偶然、クライヴたちはゴブリンキングに遭遇した。低い確率だったかもしれないが、そこはゲームのご都合主義……なのだろう。


 しかしそれは主人公だからこそ成せる技だ。


 なのに主人公でもなんでもない、ただの悪役貴族である俺が低い確率を引けるのか……?

 考えにくい。


「あ、焦る必要はない。確実にゴブリンキングはこの森にいる。探し回っていれば、いつかは遭遇するはずだ」

「私はまだゴブリンキングがいることに懐疑的なのだが……まあ君を信じてみよう。このチームのリーダーは君だ」


 ミラベルもジト目である。


 俺たちは急いで、ゴブリンキングの捜索に移った──。




 ◆ ◆



(sideクライヴ)



 ギルたちがゴブリンキングの捜索を始めた頃。

 クライヴたちのチームは、森の奥に向かっていた。


「ねえ……本当に行くの? こっちはマリエル先生の使い魔が動ける範囲から外れるから、行かないようにって言われたと思うけど……」


 チームメンバーの一人であるアイリスが、クライヴにそう問いかける。


 アイリスという少女はクライヴたちと同じ十六歳であるが、低身長なこともあいまって、実年齢よりも幼く見える顔立ちをしていた。

 だが、その幼さと反して豊かな胸がギャップを生み、彼女の愛らしさを引き立たせている。


「ああ。今のところ、僕らは最下位だからね。今から逆転するためには、他の人がしないような行動を取らないといけない」


 それに対して、クライヴが答える。


 クライヴの返答に、アイリスは納得がいかない表情であったが、反論はしなかった。


「オレは反対だな。いくら脱出の魔石を持たされているとはいえ、不測の事態は起こり得る。ここは引き返すべきでは……」


 もう一人のチームメンバーの男、ボブも不安気である。


「君も心配性だなあ。別に反則じゃないだろ? それになにが出てきても大丈夫。なにせ、僕は英雄になる男だからね! 強い魔物が出てきても、僕がやっつけるから」


 だが心配そうなアイリスとボブの一方、クライヴの表情には自信が満ちていた。


(全く……この人たちは、今のチームの立ち位置が分かっていないのかな? 最下位のまま終わるなんて、許せない。なんとか逆転しないと。そもそも二人がもっと機敏に動いてくれれば、こんな惨状にはならなかったのに……)


 先頭を歩きながら、クライヴはチームメンバーの二人に不満を抱いていた。


 平民出身で下に見られているクライヴ。

 当然、彼とチームを組みたがる生徒はいなかった。


 そして他の人たちがあらかたチームを組み終わった後、余っていた二人がこのアイリスとボブである。


 余りものというだけあって、二人ともクラスの中で優れているというわけではない。

 ゆえに苦戦は想像出来たが、まさかここまでとは。クライヴ一人が頑張っても、限界がある。


(本当はもっと強い生徒……たとえば、あのグランフォード家のミラベルがチームになってくれたら、よかったんだけどね。だけど、ミラベルはギル・フォルデストとチームを組んでるし……)


 そんなことを考えると、クライヴたちのチームは森の開けた場所に出た。

 周りと比べて薄暗く、妙に不気味な空気が漂っている。


 それにはアイリスとボブの二人も気付いたのか、こう声を上げる。


「やっぱり怖いよ……すぐに元の場所に戻ろ」

「そうだぜ。お前は突っ走りすぎだ。ここから早く──」

「静かに」


 と、クライヴが口元に人差し指をやる。


 首を傾げるアイリスとボブであったがその時、草むらから複数のゴブリンが飛び出してきた。


「で、出たよお!?」


 急なゴブリンの出現に、アイリスの体が強張る。


「慌てる必要はない! 雑魚魔物のゴブリンばかりだ! 僕たちが力を合わせれば、勝てるはず! こいつら全員倒せば、10ポイントは手に入るはずだよ!」


 クライヴも剣を手に取る。

 他の二人も逃げ出そうとしたが、これだけを数を前に無理だと悟ったのだろう。

 剣や杖を手に取り、戦いに入った。


 戦いは熾烈だった。


 クライヴ以外に、戦いに長けたメンバーがいればそうでもなかったが、アイリスとボブの二人はそうじゃない。

 周辺のゴブリンをあらかた狩り尽くした頃には、三人とも疲弊していた。


「はあっ、はあっ……やった。やっぱり、僕たちもやれば出来るんだよ」


 そこら中に転がっているゴブリンの死体を眺めて、クライヴは達成感に包まれる。


(まだ逆転……っていうわけにもいかないが、これで最下位じゃなくなったかな? この結果で満足するわけにはいかないが……さすがにみんな疲弊している。ここは一旦引き……)


 すぐにこの場から離れようとした時だった。




 ──ズシーン、ズシーーン──。




「な、なんだ!?」


 突然聞こえてきた巨大な足音に、ボブの表情が強張る。

 アイリスにいたっては恐怖で体が動けなくなってしまうほどだ。


 クライヴが足音の正体を探っていると、は姿を現した。



「ゴ、ゴブリンの援軍だと!?」



 先ほどまで必死に戦って、なんとか勝てた相手。

 しかも先ほどより、数が多い。ゴブリンたちが徒党を組んで、クライヴたちの前に現れたのだ。


 さらに悲劇はそれだけではない。


 ゴブリンの群れの後方では、一際大きなゴブリンが控えている。

 明らかに他のゴブリンたちとは姿も、放つ威圧感も違う。ゴブリンの群れを従えているようにも見えた。


「ア、アイリス、知ってるよ! ゴ、ゴブリンキングだ……なんでこの森に……」

「なんだって!?」


 アイリスが言ったことに、クライヴが声を荒らげる。


(ここでゴブリンキングが出てくるなんて、おかしい! ここまで真っ直ぐ進みすぎせい? どうして……)

「いや、今はそれより脱出の魔石を──」


 クライヴがバッグに入れていた魔石に、手を伸ばした瞬間であった。

 一体のゴブリンが飛び出し、クライヴの手を弾いてしまった。


「……っ!」


 鋭い痛みが襲いかかってくる。


 魔石が地面に落ちる。先ほどの衝撃で手離してしまったのだ。魔石はクライヴたちを嘲笑うかのように、遠くへ転がっていった。


「きゃっ!」

「こいつら……!」


 それはアイリスとボブの二人も、同様だった。


 魔石をなくしてしまった二人に、ゴブリンが襲いかかる。ボブは剣で応戦するが、疲弊した体ではゴブリンの群れに対処出来ない。


 そして酷いのはアイリスの方であった。


 アイリスが持っていた杖を取り上げ、ゴブリンが彼女に群がる。ゴブリンたちは目を血走らせ、彼女の体に手を伸ばした。


「あっ、あっ……」


 その惨状を前にして、クライヴは呆然とする。

 とうとうゴブリンの手がアイリスの服にかかる。


 為す術がなくなった彼女は、こう叫んだ。


「だ、誰か助けて──!」


 その叫びは、ここにいる者以外に届かないはずであったが──


わりぃ。待たせたな」

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