第9話 学園一日目
入学式の日から一夜が明け、いよいよ今日から学園生活が本格的にスタートする。
割り当てられたクラス──『アルファクラス』に移動し、学園の生徒である俺たちは教師の話に耳を傾けている。
「──というわけで、今日からあなたたちは運命共同体。卒業するまでに、みんなで頑張って勉強していきましょ〜う」
教壇に立つ教師が、みんなにそう言う。
彼女の名はマリエル先生。
ゲームでも、主人公クライヴが所属するアルファクラスの担任であった。
おっとりした見た目で、喋り方もどこか間延びしている。公式設定では三十代のはずだが、そうとは思えないほど若々しく、美しさと可愛さを両立していた。
「この学園には、貴重な魔石や魔法札もたくさん置かれています〜。さすが国内一の教育機関! さらに入学式であなたたちに支給された生徒手帳は、通話用の魔導具にもなっています。学園内くらいの距離なら繋がるから、肌身離さず持っててね〜。このようにあなたたちのために、教師も全面的にバックアップするから、この三年間でしっかり活かしきってね〜」
と、マリエル先生の説明が続いた。
ゲームでは最終的にクライヴの味方になるらしい。多種多様な治癒魔法で味方を癒すヒーラーだと、攻略wikiに書いてあった。
なんで、情報が曖昧かだって? マリエル先生が味方になるまで、ゲームをプレイしていないからだよ!
「優しそうな先生でよかったですね。厳しい先生だったら、どうしようかと思っていましたよ」
「だな」
隣の席のリディアが、俺にこそっと耳打ちをする。
幸いなことに、リディアも俺と同じアルファクラスだった。
あらためて教室を眺めるが……ゲームで登場したヒロインがこれでもかっていうくらいにいるな。
一番前の席には、昨日俺に決闘を挑んだミラベルの姿もあった。
だが、これも計算通り。ゲームでもギルやミラベル、主人公クライヴは同じクラスだったからな。
この教室の女どもが、ゲームでこぞってクライヴに媚びていた光景を思い出すと、胸糞が悪くなる。
HRは淡々と進み、終わりに差しかかる。
その時であった。
「すみませんっ! 遅れました!」
教室のドアが開き、慌ただしく中に人が入ってきた。
「やっと来たのね〜。無事でよかったわ。だけど名前を呼んでから、教室に入ってきてほしかったかな〜」
「す、すみません!」
教室に入ってきた男は平謝りだった。
「まあいいわ。自己紹介してちょうだ〜い」
「はい!」
男は元気よく返事をし、教壇に立つ。
「クライヴです! 僕もこのアルファクラスに入ることになりました! ちょっと昨日はトラブルがあって、入学式には参加出来なかったけど……遅れを取り戻すため、精一杯頑張ります!」
──クライヴだ。
『エターナルクエスト』の主人公。
青髪の少年。これといった特徴のない容姿をしているが、主人公らしく見た目は整っている。
平民出身でありながら、ひょんなことから学園長のお眼鏡にかない、学園の入学を認められた男である。
そして──ギルが破滅することにった元凶。
ちなみに……クライヴが入学式に出れず、こうしてHRの途中で入ってきた理由は学園に来るまでの道中で人助けをしていたからだ。
魔物に襲われる農村。正義感の強いクライヴはそれを見過ごせず、入学式に遅れると分かっておきながら、村民たちを救出する。
まあ所謂、チュートリアルだな。ここでプレイヤーは戦闘のやり方を覚えるわけだ。
「知っている人も多いと思うけど、僕は平民だ。君たちのような貴族じゃない。だけど熱意は人一倍ある。英雄になるために、この学園に入ってきた。一応剣と魔法はちょっと使えるから、みんなの力になれると思う。これからよろしくお願いします!」
クライヴは堂々と宣言してみせる。
しかしそれに対するクラスメイトの反応は白けたものだ。
クライヴを見て、こそこそと近くの人と話をする声も聞こえる。
……まあ、こうなるよなあ。
平民ってだけでも珍しいのに、いきなり『英雄になる』なんて豪語しやがったんだぜ?
リディアも平民だが、彼女は俺のサポーターも兼ねている。別に英雄になろうなんて野心もないし、クライヴとは事情が違う。
鈍感なクライヴは教室の雰囲気にも気付かいてない様子で、そのまま自分の席に向かった。
彼が席に腰を下ろしても、周りの生徒たちはクライヴをチラチラと見ていた。
「英雄……かあ。先生も昔は、そんなこと考えてたな〜。頑張ってね。というわけで、今日のところは終わり。支度を終えてから、各自帰宅してね〜」
担任のマリエル先生はクライヴに応援の言葉を投げかけ、教室を出た。
生徒が散り散りになっていく。クライヴも去り、教室にはまだらに生徒たちだけが残った。
「ふう……ここまで予定通りだな」
ほっと安堵の息を吐く。
昨日、ミラベルと決闘したことにより、シナリオが変化していないか心配だったが……今日はゲーム通りである。
破滅は回避したいが、ゲームと違ったことが起こってもそれはそれで戸惑う。
あくまでゲームのシナリオ通りに進み、その上で俺は破滅を回避したいのだ。
「ギル様、もう帰られます?」
「ああ。あんまり学園に長居したくない。どこに破滅のトラップが仕掛けらえているか、分かったもんじゃないし……」
「破滅のトラップ? なんのことか分かりませんが、でしたら帰ったら今日も
とリディアが言葉を続けようとした時、俺たちに近寄ってくる三人組の男が目に入った。
「ギル・フォルデストだな」
「そうだが?」
強張った声で、そう答える。
なにせギル君、今までの悪事のせいで頗る評判が悪い。
昨日ミラベルみたいに、また因縁を付けてくるんじゃないかと俺が警戒するのも仕方ないだろ?
しかし彼らは俺の警戒を解くように、軽薄な笑みを浮かべながら、こう口にする。
「いや、なに。そう警戒しなくてもいい。別に喧嘩を売ろうとしたわけじゃない。それどころか逆だ」
「逆?」
「ああ。さっきのあの平民……えーっと、クライヴっていったかな。いきなり『英雄』なんて言い出して、調子に乗ってると思わないかい?」
「どうだろな」
「いや! 間違いなく調子に乗っているね! 平民が英雄になれるはずがない。あいつは世の中の道理が分かっていないだ!」
「……なにが言いたい?」
薄々こいつらがなにを言おうとしているのか察しつつ、そう質問する。
するとリーダー格の男が、ニヤリと口角を吊り上げ。
「貴族としての矜持を強く抱くギル・フォルデストも、あの平民には煮えくり返ってると思ってね。君はああいう輩が大嫌いだろう? だから僕たちと協力して、彼にちょっと指導しないか」
周りの男たちもニヤニヤと笑みを浮かべている。
ははーん……なるほど。こいつらがなにをしたいか分かったぞ。
要はこいつらは俺に、イジめに加担しろと言っているのだ。
ギルは悪役貴族として名を馳せているからな。クライヴのような平民を下に見て、話に乗ってくると思ったのだろう。
正直なところ、俺はクライヴがどうなろうが知ったことではない。こいつらがなにをしようが関係ない。
なんなら、イジめに耐えかねて退学してくれる方が、俺としても都合がよかった。
しかし、ここで俺が言うべきことは……
「はあああああ!? 指導? お前ら、そんなこと言ってクライヴをイジめたいだけじゃねえのかあああ!?」
「なっ……!」
──拒否することであった。
「イジめなんてだっせー! イジめ、カッコ悪い。俺がそんなのに加担するわけがないだろうが。ちょっとは考えてから、話を持ってこい!」
……いや、当たり前だろ。ゲームじゃ、クライヴに陰湿な嫌がらせを繰り返すことにより、ギルは破滅に至ったんだぜ。
それが分かっているのに、俺がわざわざこいつらの計画に加担するメリットがない。
「お、おいおい……イジめなんて人聞きが悪いな。どちらにせよ、君は協力してくれないってことでいいかな?」
「当然だ! 俺はそんな低俗なものに手を貸す気は、毛頭ない!」
「ちっ……分かったよ。君のことは見損なったよ。貴族としての誇りがあると思ってたのに……」
納得がいかない顔をして、ぶつぶつ文句を呟きながら、男たちは俺の前を去っていった。
ふう……危ねー! 切り抜けた!
やっぱり、この学園は破滅トラップが多すぎる! 気を抜いていたら、すぐに破滅の足音が聞こえやがる!
しかし俺はそれらを全て回避してみせる!
そのために転生してから半年間、みっちりと鍛え抜いたのだ。
「ギル様! カッコよかったです! 優しいギル様が弱いものイジめをするはずが、ありませんよね!」
「ま、まあな……」
キラキラした瞳でリディアが言ってくるが、なんか勘違いされている気がする。
それにしても先ほどの男ども、どっかで見たことあるような……
「ギル・フォルデスト──少しいいか」
そんなことを考えていると、次にミラベルが俺たちのところまで近寄ってきた。
昨日のことがあったので、俺が彼女を見る目もつい厳しくなってしまう。
「お前もなにか用か?」
「なに。一言、言いたくてな。先ほどのやり取り、見させてもらったぞ。きっぱりと断る様……見事だった。平民やら貴族やらで差を付けるなんて、くだらない。ギル・フォルデストもそう考えているのだな」
「お、おう、その通りだ。平民でも貴族でも、優れている者が上に立てばイイデスヨネー!」
「全くだ。やはり……君は私が思っていた通り、正義と平等を愛する貴族だったんだな。それなのにどうして昨日の私は本質を見抜けず、あらぬ噂に流されてしまっていたのか……」
一人で納得して「うんうん」とミラベルは首を縦に振った。
なんか勝手に見直してくれているみたいだが、俺はただ破滅を回避したいだけだ。
正義なんて糞食らえだ!
「明日に控えている
「アレ?」
首を傾げる。
するとミラベルは「そんなことも知らないのか」と言わんばかりの表情になり、こう続けた。
「ん? マリエル先生が言っていただろう。明日の実力試験だ」
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