第8話 欲しがりなメイド

「うおおおおおおお! 俺、もしかして……やっちゃいました!?」


 学生寮。

 自分の部屋に足を踏み入れると、一気に後悔の念が押し寄せてきた。


 ついイラッとしちゃったから決闘を受け入れたものの、相手はあのミラベルだぜ!? ゲームのヒロイン!


 しかも調子に乗って、『戦いで毒を使ってはいけないってルールはありましたか?』『ちょっと恥ずかしい思いはしてもらおうか』だとか言ってしまった……!


 ゲーム内でミラベルは、ギルを断罪したメンバーの一人だ。『毒などとは、やはり非道な!』と、今頃怒っていないだろうか……。


「ま、まあ……やっちまったもんはしょうがない。大事なのはこれからだ。なるべく、彼女とは関わり合いにならなければ……」

「ギル様、お部屋に帰られるなり叫んだりして、どうされましたか?」


 後ろでリディアが不思議そうにして、俺の顔を覗き込む。


「いや、問題ない。ちょっと計算違いがあっただけだ」

「計算違い?」

「そんなことよりもリディア、本当に俺と同室でよかったのか? 女子寮で別室を用意することも出来たが……」


 ミラベルとの決闘について考えていると、気持ちが重くなるので、話を逸らしにかかる。


 平民や貴族に関わりなく、希望者には寮の部屋が割り振られる。

 当然リディアにも、個別の部屋が用意されるはずだった。


 しかし彼女は『わたしはギル様のメイドですから!』と言って固辞し、俺と同室を希望したのだ。


 寮は男と女で分かれている。リディアが希望しようが、それが通るはずがない。


 だが、ここに例外がある。

 それが『サポーター』として、同伴する場合だ。


 繰り返しになるが、アストリエル学園には貴族が多い。中には生活のことを使用人にやってもらい、自分では飯すら用意出来ない者もいる。

 そこで生まれたのが、このサポーター制度で、主人と同部屋になることも出来る。


 とはいえ、サポーター制度を利用することは『自立していない』と見なされ蔑まれる傾向があるので、利用する者はほとんどいないらしいがな。


 リディアは学園の生徒でありながら、俺のサポーターを申し出た稀有な例であった。


「もちろんです! ギル様と離れ離れになるなんて、考えられません! ギル様はわたしの全て。わたしもまだまだ未熟者ですし、しっかりとギル様にいただければと思います」

「お、おぅ……」


 前のめりで捲し立てるように言うので、つい曖昧な返事をしてしまうが……リディアがいてくれるのは心強い。

 俺一人だけなら、なにか問題を起こさないとも限らないし。


「まあ……今日のところは飯を食べて、寝るとするか。明日から本格的に授業も始まるわけだしな」


 そう口にし、制服の上着を脱いだ時であった。


「…………」


 リディアが口を閉じ、物欲しそうに俺を見つめていることに気付いた。


「ん、どうかしたか?」

「いえ……」

「言いたいことがあるなら、言ったらいいぞ。別に遠慮する仲でもないだろうに」


 そう言ってやるが、リディアはもじもじするばかりで、なかなか口を開こうとしなかった。

 やがて。



「じ、実は……を、お願いしたいと思いまして」



 頬を赤ながら、そう口にした。


「いつもの……って、だよな? まだ入学初日だってのに、ほしくなったのか?」

「は、はい! 卑しいことを言ってると思うんです。ですが……先ほどのギル様との戦いを見て、体がうずき……もう、このままじゃっ、どうにかなってしまいそうで……」


 理性と欲望。


 それらが頭の中でせめぎあっているのだろう。そう声を絞り出すリディアは俺の目に艶かしく映った。


「……ったく、しょうがないな。リディアも欲しがりだなぁ。よし、分かった。お前も上着を脱いで、ベッドで横になってくれ」

「お、お願いしますっ!」


 リディアはパッと表情を柔らかくし、制服の上着に手をかけた──。




 ……一時間後。




「はあっ、はあっ……ギル様、ありがとうございました」


 汗だくでベッドで横になる、リディアの姿があった。


 服も乱れており、汗で肌に張りついているためか、彼女の魅力的なボディーラインがあらわとなっていた。


「ふう……リディアも努力家だな。まだ初日だっていうのに、を注いでほしいなんて」


 リディアは平民でありながら、学園の入学テストを突破した。

 これでもリディアはそこそこ頭がいい。筆記だけなら、猛勉強すればなんとかなるだろう。


 だが、学園の入学テストは実技もある。


 今まで剣や魔法を習ってこなかった彼女だ。才能にもさほど恵まれていない。正攻法で実技試験を合格するのは難しい──と考えられた。


 そこで考えた方法が、試験前に俺の魔力を彼女に注入することである。

 このギルという男、ゲームでは魔法(主にデバフや状態異常)を連発していたし、魔力量には自信がある。

 さらにゲームでは語られなかったが、彼の使う魔法は器用に魔力を操作する必要があるみたいで、こういった分野には自信があった。

 一応、この世界には誰にも魔力があるらしい。魔力量が上がったリディアは、試験を通過。恒常的に魔力量が増えるわけではないが、試験に通ってしまえばいいわけである。


 まあ、要はだな。


 学園もその方法を想定していなかったのか……それともそこまでしてでも、学園に入りたいという貪欲さを求めていたのか……俺たちのズルが露呈することはなかった。

 それ以来、リディアは魔力を入れられる感覚が癖になったようで、こうして度々俺に魔力を入れられることを求めてくる。


「わたしは……ギル様のお傍にいるために、もっと強くならないといけないですから。先ほどのギル様の戦いを見て、あらためてそう思ったんです」


 リディアが強い口調で言う。


 相手に魔力を譲渡することは、一時的な手段ではあったが、思わぬ副産物もあった。

 それは他人の魔力を受け入れることによって、自分自身も魔力の操作に慣れるのだ。

 とはいえ、これには体に大きな負担がかかるし、普通のヤツならやろうとしないがな。


 しかしリディアは耐えてみせた。

 おかげで、今ではリディアも立派な魔導士である。


「いいことだと思うけどな。だが、焦りは禁物だぞ? お前が必要なら、またいくらでも魔力を入れてやるから」

「は、はい!」


 リディアの目が輝く。


 うーん……強くなりたいっていう理由だけじゃない気もしたが、なんとなく怖くなって、あえて問いただしたりはしなかった。


「ですが、ギル様にばかり負担をかけて申し訳ないです」


 リディアが上半身を起こし、こう続ける。


「ギル様がわたしにしてほしいことは、なにかありますか? なんなりとお申し付けください」

「じゃあ……俺の特訓にも付き合ってもらおっかな。魔力を入れるのは得意だが、逆はまだ不慣れなんだ。授業が始まるまでに、完璧に習得しておきたい」

「ということは……」

「ああ」


 頷き、俺は手をかざす。




「──お前に注いだ魔力。利子をつけて返してもらう」




 そう呟き、リディアの魔力を吸収した。

 ゲーム内で『マジックドレイン』と呼ばれていた技である。


「こ、これは……っ! いいっ、いいですっ。さすがのお手前! もっとわたしから魔力を吸い取って……」


 俺たちの特訓は、夜の帷が完全に下りるまで続いた。

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