第7話 【sideミラベル】本当に強い者
「さっきの戦い、酷かったよな……」
「うん。剣の腕だったら、ミラベル嬢がギル・フォルデストを圧倒していたというのに……」
「あんなの、戦いじゃないよ。ミラベル嬢は負けていない。やっぱりギル・フォルデストは大したことなかった」
──決闘が終わり。
ギルが去った後、戦いのギャラリーたちはここぞとばかりにヒソヒソと話をしだす。
「……おい」
ようやく先ほどの余韻も抜け、立ち上がれるようになった私──ミラベル・グランフォードはその中の一人に声をかける。
「ミラベル嬢も災難だったね。普通にやってたら、君の勝ちだったよ。いやはや、やっぱりギル・フォルデストは──」
「愚弄するな」
「え?」
「先ほどの決闘は、私の完膚なきまでの負けだ。過程だけを見て、決闘の結果を歪め、ギル・フォルデストを愚弄するのはやめろ。私は自身の敗北から目を逸らすつもりはない」
「──っ!」
そう言ってやると、ギルをバカにしていた生徒たちは気まずそうに視線を逸らした。
言い返してくるだけの度胸もなかったか。なにもせずに文句ばかりを垂れる。私の嫌いなタイプだ。
乱れた衣服を整えながら、私は先ほどの決闘について考えていた。
──負ける気はしなかった。
有名な騎士を輩出し続けるグランフォード家でありながら、私は女として生を受けた。
私の性別を知った時、両親はさぞ失望したという。
歴史上、名を上げた騎士のほとんどは男だ。女では騎士になれない……と。
しかし私はそんな両親を見返すために、努力をし続けてきた。
女である私は、どうしても男に力が劣る。女だからと侮られ、明らかに手を抜かれたことも一度や二度じゃない。
だが、それならば……と私は人より二倍、三倍と努力を重ねた。
そのおかげで私の剣の腕はめきめきと伸び、失望していた両親も手のひらを返した。
輝かしい未来。
順風満帆な私であったが、ある噂が耳に届いた。
ギル・フォルデストの噂だ。
なんでも彼は怠惰な性格でろくに努力もせずに、貴族として甘い汁を吸い続けているらしい。
そんなギルには彼の父であるフォルデスト伯爵も愛想をつかし、ギルを放任した。
そのことがますますギルの態度を横柄にさせる結果となり、どうしようもない貴族として育った。
さらにそれだけでは飽き足らず、ギルはお気に入りのメイドを囲い、夜な夜な筆舌しがたい非道な行いをやっているのだという。
なんというヤツだ……! 貴族の風上に置けない!
ギルは私と同じ年齢。同級生としてアストリエル学園に通うことになる。そこで私たちは顔を合わせるだろう。
ならば、私がギルを正さなければならない。
気持ちは魔王に挑む、勇者のようであった。
それが間違いであることも気付かずに。
──一目すれば、すぐに彼がギルであることに気付いた。
噂に聞いていた通り、死んだ魚のような目をしている。
ドロドロに濁った雰囲気を身に纏っており、貴族がほとんどの学園の中で異質な存在だった。
私はすぐに彼に決闘を挑んだ。
ギルは当初、適当な理由を付けて逃げようとしたが、他のギャラリーたちがそれを許さない。
彼は渋々、私の決闘を受けることになった。
──しかし結果は私の完敗だった。
彼の使う、所謂『非道な魔法』については聞き及んでいた。
慢心もなかったはずだ。
だが、ギルが召喚した剣の狙いに気が付かず、私は地面に膝を突いた。
その上、敗北が目の前にまで迫り、私は焦って『毒などとは……なんと卑怯な』と口走ってしまった。
しかしギルは、
『はああああああ? 卑怯? 戦いで毒を使ってはいけないってルールはありましたか? 魔物との戦いでも、お前は同じことを言うつもりですかああああ!?』
と私を非難した。
私は自らを恥じた。彼の言うことはごもっともだったからだ。
魔物でなくても戦場に出れば、相手はどのような手を使ってでも、私を仕留めようとする。
大切な者を守れなかった時、『卑怯な真似を』と私は同じことを口走るつもりか?
バカだ。今回は学生同士の決闘のため命は取られなかったが、戦場で同じことをすれば私は死んでいたのだろうか。
貴族という身分に甘え、平和ボケしていたのは私の方だ。
「私は……未熟だ」
悔しさで涙が出てしまいそうになる。
しかしぐっと涙を堪える。負けて流す涙は、騎士として恥だからだ。
「私に足りなかったのは……勝利への貪欲さか? ギルは自らの勝利だけを信じているようだった。そのためにはたとえ、他人に罵倒されようとも、自らの道を貫いた」
言葉にするのは簡単だが、周りの声に左右されずに、自分を持ち続けることはなによりも難しいことのように思えた。
そして彼は私に決闘で勝っても、『もう決闘なんて申し込んでくるんじゃないぞ』という要求しか口にしなかった。
本来、決闘に負けた者は相手の言うことを、なんでも聞かなければならない。
私はそれを利用して、彼の隣にいたリディアを解放しようとした。
だが、私は負けた。
敗北者の私に彼は、なにを要求するだろうか?
女好きで有名な彼のことだ。もしや私の体を……? と身構えたが、それは取り越し苦労であった。
「噂というのはアテにならないものだな。怠惰な貴族……なんてとんでもない。本当に強い者というのは、彼のような人間のことをいうのだろう」
去り際のギルの顔を思い浮かべながら、私は立ち上がる。
──きゅんっ。
何故だか、彼のことを考えると下腹部に熱を感じた。
「……っ!?」
このような感覚は初めてだったので戸惑い、すぐに手でお腹を抑える。
「ギル・フォルデスト……彼からは学ぶことが多そうだ」
爽快な青空に、ギルの面影を感じながら、独り言を呟いた。
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