第6話 即堕ちする、騎士の卵
原作ヒロインの一人、ミラベルとの決闘。
「先手必勝!」
俺は魔法を展開し、ミラベルの足元に『あるもの』を召喚する。
地面がぼこぼこっと隆起し、それは姿を現した。
「おおおお! ギル様お得意の触手魔法! あの触手で、わたしは女の喜びを知り……」
少し離れたところで決闘を見守っているリディア、実況ありがとう。『女の喜び』がうんぬんは余計だったが。
複数の触手はミラベルに向かっていき、彼女を絡め取ろうとする。
しかし。
「ふんっ」
彼女が剣を一閃。
触手はバラバラに切断され、消滅した。
「どうした? 貴様の力はこの程度か?」
「まさか」
肩をすくめる。
……とはいえ、正直な話は驚いた。
これほどいとも容易く、触手攻撃を防がれるとは思っていなかったからだ。
さすがはゲームの強キャラ、ミラベルである。
「だったら、俺も少しは本気を出すか」
そう言った俺の右手には、漆黒の剣が現れていた。
「『剣召喚』か」
それを見て、ミラベルも警戒心を高める。
剣召喚──その名の通り、魔法で剣を錬成し、武器として使う業である。
いちいち剣を持参しなくても、これならいつでも召喚することが出来るし、たとえ戦いの最中に折られても魔力が尽きない限りは、何度でも復活させられる。
ゲーム内のギルも使用しており、この半年間の特訓の中で重点的に鍛えた魔法だ。
とはいえ。
「だが、それだけで私と対等になったつもりか? 剣を召喚しても、そこに使い手の練度がなければ意味が薄い」
「よく分かってるじゃねえか」
色々と使い勝手のいい魔法ではあるが……召喚した剣は、本物の剣に比べると一般的に弱いと言われている。
魔力を注げば何度でも復活するメリットはあるが、それならば最初から折らなければいいという話にもなるしな。
問題は召喚した剣を使ってなにをするかであるし、こんなものは曲芸の一種に過ぎない。
「まあ、そう落胆しないでくれよ。俺だって魔法だけじゃなく、剣の腕も磨いてきたつもりだ。お前の剣捌きより早い自信はあるぜ。ここからは剣の腕で決着をつけよう」
「はっ! 大した自信だな。よかろう、
俺の言葉を、ミラベルは一笑する。
「いくぜ。はあああああっ!」
気合いの一声。俺は剣を振り上げて、ミラベルに襲いかかる。
しかし俺の剣の一閃を、ミラベルは簡単に躱わす。
そして一転、剣先を俺に向けて強襲してきた。
「どうした! 偉そうなことを言った割には、その程度か!」
カキンッ、カキンッ、カキンッ!
剣の応酬が始まった。
これでも少しは自信があったつもりだが、俺の剣術はミラベルに及ばなかった。
せいぜい応酬の最中、彼女の体に剣が一度か二度かする程度である。
だが、俺も負けない。
決定的な一撃をくらわず、ミラベルの攻撃をやり過ごしていた。
「ほお……少しはやるようだな。だが──」
ミラベルは大きく振りかぶり、渾身の一撃を放った。
「くっ……!」
なんとか彼女の攻撃を剣で受け止めることが出来たが、勢いに負けて、剣を手放してしまう。
剣は地面を転がったのち、消えてしまった。
急いで二本目の剣を召喚しようとする俺に、ミラベルは剣先を突きつける。
「無駄だ。貴様の剣筋は見切った。貴様の剣が私に届くことは、もうない」
彼女の表情はまるで、どうやって俺という獲物を仕留めようか舌なめずりするハンターのようだ。
「意外と手こずってしまったが……貴様にやれることはもうない。この決闘を終わらせ──っ!」
そう言いかけた時であった。
突如、ミラベルの足が力を失い、がくんっと崩れて彼女は地面に膝を突いた。
「な、なんだ……これは……体に力が入らない。貴様の剣は私に届かなかったはずだ……なのに、どうして……」
「かかったな」
ようやく効果が現れたようだ。
ニヤリと笑い、俺はミラベルを見下ろす。
「お前が苦しんでいる理由を教えてやろうか? その正体は毒だ」
「毒……だと?」
「ああ。まさか魔法で召喚した剣が、ただの剣だと思ったのか?」
種明かしをする。
どんな卑怯な手を使おうとも勝てば官軍がモットーの俺が、真正面からミラベルと剣で勝負をするはずがない。
彼女の剣の腕は、ゲームでよく分かっていたからだ。
そこで俺は毒の効果を付与した剣を召喚した。
少しでも体にかすりさえすれば、全身の力を抜く毒だ。見た目は普通の黒い剣なので、ミラベルもすぐに気付かけなかったのだろう。
もっとも、毒剣に付与した毒は即効性のものなのに、しばらく普通に戦えていた彼女も大概なのだが。
「き、貴様……剣の腕で決着を……という言葉は、ハッタリだったか。しかも毒などとは……なんと卑怯な……」
「はあああああ? 卑怯? 戦いで毒を使ってはいけないってルールはありましたか? 魔物との戦いでも、お前は同じことを言うつもりですかああああ!?」
「──っ!」
ぐうの音も出ないのか、ミラベルは悔しそうに閉口した。
「おい……毒だってよ……」
「なんて非道な……」
「貴族なら正々堂々戦えよ……」
ギャラリーたちも俺のやったことに、ドン引きしていた。
だが! その罵倒全てが心地いい!
敗者による圧倒的な言い訳! 『非道』だとか『正々堂々戦え』というのもただの負け惜しみだ!
悔しさに塗れながらも、歯軋りすることの出来ない群衆。
そんな彼・彼女らの反応を見るのが、俺はなにより好きなのだ!
「ギル様――――! さすがです! その雌豚を華麗に欺く、見事なお手前! あぁ……やっぱり、わたしのギル様は最高ですぅ……」
一方、そんなギャラリーに混じって決闘を観戦していたリディアは、応援の声を上げてくれていた。
「さあて……お前の悔しそうな顔も見れたし、フィナーレといこうか」
ゆっくり一歩ずつミラベルに近寄り、俺は指を鳴らす。
決闘の初めと同じように、地面から触手が現れた。
「あれほど、俺のことをバカにしてくれたんだ。まさか『ギブアップ』と言うだけで、簡単に終わると思ってないだろうな」
「くっ……こ、殺せっ!」
「物騒なこと言うんじゃねえよ! ただ決闘のルールに則って、お前を戦闘不能にするだけだ! まあ……ちょっと恥ずかしい思いはしてもらおうか」
「──っ!」
触手がミラベルに襲いかかる。
ミラベルはすぐに立ち上がり、触手を迎え撃とうとするが、毒で力の抜けた体では対処出来ない。
触手に為す術なく、彼女は蹂躙されるのであった──。
「これに懲りたら、もう決闘なんて申し込んでくるんじゃないぞ」
汗だくで倒れているミラベルに向けて。
俺はそう言葉を吐き捨てた。
息が上がっており、すぐには立つことも彼女は出来なさそうだ。俺に対する答えも返ってこなかった。
「今度こそ帰るぞ、リディア」
「はい!」
俺たちが歩く道を、今度は誰も遮らなかった。
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