第5話 さっそく喧嘩を売られる、悪役貴族

 反射的に足を止めてしまう。


 振り返ると仁王立ちをし、鬼のような形相で俺たちを睨む一人の女の子がいた。


「え、俺?」

「貴様以外に誰がいる!」


 当たり前の質問をしたつもりだが、女の子の声はますます怒気を帯びる。



 ──彼女は月の光をそのまま閉じ込めたような、美しい銀色の髪をしていた。



 大きな瞳は強い意志を宿しており、まつ毛が長く、細かな表情も伺える唇も程よく整っている。烈火のごとく怒っていなければ、彼女こそまさしく深窓の令嬢といった風貌だろう。

 人を惹きつける威厳さと神秘さを漂わせた、美少女だ。


 それにしてもこいつ、どっかで見たことあるような……。


「なあ、俺はフォルデスト家のギルは間違いない。だが、お前は誰なんだ? いきなり怒りをぶつけられる覚えはないんだが……」

「確かに、そちらにだけ名乗らせるのも道理に合わないな」


 意外と物分かりがよく、彼女は一旦息を整えてからこう名乗った。


「私はミラベル! ミラベル・グランフォードだ! 貴様と同じく、今日よりアストリエル学園に入学した者だ!」


 ──ああ! ミラベルか!


 思い出した!

 確か、ゲーム序盤で仲間になるキャラだったか!


 彼女の出自であるグランフォード家は、名だたる騎士を輩出してきた名家だ。

 その例に漏れず、彼女──ミラベルも騎士を目指している。

 ゲームではひょんなことから主人公クライヴの実力を認め、仲間となるミラベルであるが、高い攻撃力と防御力を有し、戦闘面では俺もお世話になった。


 正義感が強く、向こう見ずなところもあるミラベルだが……こんなところでギル──つまり俺と邂逅するイベントはなかったはず。

 それなのに、どうして俺はミラベルに因縁を付けられているのか。


「あ」


 思い当たる。


 そうだ……ゲーム内のギルは寝坊し、入学式に参加していなかったんだ……。


 元日本人の俺としては、入学初日に寝坊など言語道断なので参加したが、まさかそれが裏目に出てしまうとは。


「どうした? 急に黙りこくったり、変なヤツだな。私の顔になにか付いているのか?」

「いえいえ、そんなことはありません。おキレイなお顔ですよ」

「なっ──!」


 皮肉で言ったつもりだが、ミラベルの顔が見る見るうちに赤くなる。


「くっ……私を動揺させるつもりか! しかし、そうはいかん!」


 別にそういうつもりはなかったが……。


 ペースを俺に持っていかれてはいけないと思ったのか、ミラベルは一度地面を強く踏んで、こう続ける。


「ギ、ギル・フォルデスト! 貴様の悪評は聞き及んでいる! 非道な魔法を使い、傍若無人な振る舞いをしていると!」

「まあ……それは否定しないけどよ。少なくとも半年前のはそうだったわけだし」

「さらにそれだけでは事足りず、お気に入りのメイドにい、い、嫌らしいことをしているではないか! 貴様は恥を知らぬのか!」

「はい! 嫌らしいことをされています!」

「ちょ──リディア!?」


 どうやって反論しようか考えていると、いきなりリディアが元気よく返事をした。



 ──なにを言っちゃってるの、この子!?



 そしてリディアの答えが意に沿うものだったのか、ミラベルは「やはりか……」と呟き。


「そこの女性。先ほどからギル・フォルデストに付きっきりのように見る。もしや貴様がギル・フォルデストの毒牙にかかった、噂のメイドなのか?」

「間違っておりません。わたしはリディア。ギル様に魅入られたメイドの一人です。毎夜ギル様には、とことん可愛がってもらっています」

「か、か、可愛がって……」

「ギル様のテクニックは一級品です。そのおかげで、わたしはいつも天にも昇るような気持ちで……」

「リディアは黙って!」


 これ以上変なことを口走られても困るので、急いでリディアの口を押さえる。

 リディアはまだ言い足りなかったのか「んー! んー!」と、俺の手から逃れようとしていた。


「決まりだな」


 ミラベルは鋭い視線を俺に向け、こう告げる。


「リディア! 貴様をギル・フォルデストの魔の手から、救い出してみせる! ギル・フォルデスト! 彼女の解放を賭けて、私と決闘をしろ!」


 ──シャキーン。

 そんな感じに剣を抜き、拳先を俺に突きつけるミラベル。


 ──決闘なんて、やってられっかよ!


 勝敗に関わらず、ミラベルとこれ以上接点が増えるのはヤバい!

 何故なら彼女もギルを断罪するヒロインメンバーの一人だからだ!

 ここで俺が決闘に勝ったところで難癖つけられて、破滅フラグが立つかもしれない!


「こ、断るに決まっているだろうが! おい、リディア。行くぞ!」


 リディアの手を取って、慌ててその場を立ち去ろうとすると、



「ミラベル・グランフォードとギル・フォルデストの決闘!? 一体、どっちが勝つんだ?」

「バカか。ミラベルに決まっているだろうが。ミラベルはあの騎士一族のグランフォードの中でも、天才と言われてるんだぜ? 怠惰なギルが勝てるはずがない」

「うおおおおお! やっちまえ! ミラベル嬢! ギルの野郎をぶっ飛ばすんだ!」

「リディアちゃんと、毎日いいことをしてるなんてずるい! オレが変わりたい!」



 気付けば周りは勝手に盛り上がり、俺とミラベルの決闘を心待ちにしていた。

 全員、俺が勝つと予想していない。俺がミラベルに『ざまぁ』されることを望んでいる。


「ここまで言われて、貴様は逃げるつもりか?」


 試すような口調で、ミラベルが語りかける。


「幸いにも、この学園では生徒同士の決闘を禁じていない。お互いが名乗り、同意すれば決闘が成立する。学園規則通りだ」

「ちっ……まだ入学式を終えたばかりだっていうのに、既に規則を把握しているのかよ。真面目なこった」


 バカにしたつもりで言ったが、当のミラベルはなんとも思っていないのか、涼しい顔をして受け流す。


「ギル様! やっちゃってください! こんなにバカにされて、リディアも悔しいです! ギル様のお力で、あの女にぎゃふんと言わせちゃってください!」


 リディアも決闘の賭け金になっているというのに自覚していないのか、俺がミラベルと戦うことを期待している。



 ──逃げられねえか。



 まあいいだろう。

 俺だって、これだけ好き勝手に言われれば腹が立つ。


 それに考えようによっては、ここで格付けを済ませてしまえば、ミラベルだってこれから突っかかってこないはずでは?

 そうだ、そうだ。なにもネガティブになる必要はない。


「はあ……分かったよ」


 頭を掻き、渋々ミラベルの申し出に首を縦に振るのであった。




 ◆ ◆


「始めっ!」


 面白がった野次馬の一人が審判役を申し出て、決闘の始まりを告げた。


「先手は貴様にやる。どこからでもかかってくるがいい」


 対面ではミラベルが剣を構え、俺を見据える。


「……後悔するんじゃないぞ」


 ぼそっと呟き、俺は手をかざした。

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