第3話 【sideリディア】変わり始めたご主人様

 わたしはリディア。

 フォルデスト家のメイドです。


 わたしには誰にも話せない秘密がありましす。

 それは他人からイジめられることに、興奮してしまうことです。


 蔑まれるような視線を向けられることが好き。

 お尻を叩かれるのが好き。

 罵詈雑言を投げかけられるのが好き。


 そんなわたしの性癖は気味悪がられるでしょうし、当然打ち明けることが出来ませんでした。

 なので今までその秘密を隠しながら生きてきましたが、フォルデスト家のメイドになって、人生が変わります。


 わたしの人生を変えてくれた人──彼はギル様といいます。


 ギル様はフォルデスト家の長男。しかし怠惰な性格でメイドにもよくセクハラをするので、嫌われています。

 しかも挙げ句の果てには、彼の使う魔法は触手は精神操作など、なものに偏ってるらしいです。

 王道を尊ぶフォルデスト家にとって、ギル様の存在は異端でした。

 ゆえにギル様は家族内から見下され、ほとんど放置といった状態になっています。


 だけどわたしにとって、ギル様は救世主のようなお方でした。


 使用人をゴミのように扱う? 最高じゃないですか。ギル様から死んだ魚のような目を向けられると、ゾクゾクします。


 非道な魔法ばかり? これこそ、わたしの望んでいたこと。炎や氷をぶつけられたら、さすがのわたしも死んじゃうかもしれませんからね。


 わたしはギル様の専属メイドになるよう、当主様に直談判しました。

 当主様もギル様のことが、どうでもよかったのでしょう。その願いはあっさりと叶えられることになります。


 それからは夢のような日々。


 ギル様は毎日のように、わたしを『ゴミ』や『豚』と罵倒します。

 他の使用人は同情していましたが、ギル様から酷い言葉を浴びせられる度に、わたしの体には快感が走りました。


 そしてお仕置きと称して、ギル様はわたしをたびたび地下室に呼び出します。

 そこで魔法を使う的にされるわたし……メイドになる前は、こんな日が訪れるとは思ってもいませんでした。


 こうして、なにひとつ不満のないメイド生活を送っていたのですが、最近ではさらに変わったことがあります。


 もちろんこれも、ギル様のことです。


 ギル様はある日を境に、人が変わったようになりました。

 あれだけサボっていた日々の鍛錬も欠かさずやり、勉強にも力を入れました。

 めきめきと力を伸ばしていき、少しだらしなかったギル様の体も引き締まっていきます。勉強も結果が出始め、今ではかなりのものになったのではないでしょうか。


 そして特筆すべきなのは、ギル様の使う魔法。


 非道な魔法だと見下されていたものですが、ギル様はそれらを独自に鍛えていきました。

 そして……魔法の的になるのは、いつもこのわたし。


 最近ではギル様も魔法の制御が上手くなり、今まで考えられないほどのテクニックでわたしを楽しませてくれます。

 もっとも、特訓が終わった後に「大丈夫か?」といつも優しい声をかけてくれるのですが……心配無用です。わたしは好きでやっているんですから。

 ちょっと物足りない気もしましたが、優しいギル様もそれはそれで至高です。


 モラハラ夫にはまっていく女性というのは、こういう気持ちなんでしょうか? 新しい性癖の扉が開いたみたいで、大満足です。




 ──というわけで今日も。




 わたしはギル様との魔法の特訓に付き合い、今は地下室で二人して大の字になっていました。


「はあっ、はあっ……リディア、大丈夫か?」

「は、はい」


 息を荒くして言うギル様の言葉に、わたしはそう答えます。


 隣で仰向けになるギル様は、上半身裸の状態。

 さすがに下半身はズボンを着ていますが……六つに割れている腹筋や、発達した大胸筋が視界に入り、胸の鼓動が早まります。


「だが、お前のおかげで俺はここまで強くなれた。これなら少々の破滅イベントでも、乗り越えることが出来るだろう」


 ギル様は時々、『破滅イベント』とか『主人公』とか、訳の分からないことを口にします。


 もっとも、そのことを問いただしても、いつもはぐらかされるだけなので、わたしも聞き返さなくなったのですが。


「ギル様の頑張りは報われますよ。たとえご家族に認められなくても……です」


 これだけ頑張っているなら当主様のギル様を見る目も変わると思いますが、ギル様はひた隠しにします。

『ビックリさせたいんだ』と言っていましたが、それだけではない気もします。

 秘密裏に特訓しているギル様は、まるで当主様を油断させているような……それはわたしの考えすぎでしょうか。


「まあ、俺は家族に認めてもらおうと思って、やっているじゃないけどな。全部自分のためだ」

「でしたら、わたしがギル様の頑張りを認めます。ギル様は誰よりも頑張っている。全世界が敵に回ろうとも、わたしだけはギル様の味方をする……と」


 たかが一メイドのくせに、偉そうなことを言いすぎたでしょうか?


 そう心配になりましたが、ギル様は顔をわたしに向けてきょとん顔。

 やがて「ふはは!」と豪快に笑い、


「ありがとう。お前にそう言ってもらえるだけで、ちょっとは気が楽になる。お前がいなかったら、早々に詰んでた可能性もあるし……」


 と言ってくれました。




 ──ああ、やっぱりギル様はギル様だ。




 変わっていくギル様に、僅かな戸惑いもありましたが、その事実だけは変わりません。


 わたしは一生、ギル様にお仕えする。

 ギル様のいたいけな笑顔を見て、心からそう思うのでした。



 ──ギル様が学園に入学されるまで、あと少し。

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