第2話 破滅回避への一歩目

 しかし、助けるにしてもどうすれば……?


 この気持ち悪い触手の中、突っ込んでいくのはさすがに抵抗があるぞ。



 ……ん? 待てよ……



 彼女は『ギル様のやったこと』と言っていた。悪役貴族のギルに転生したことも踏まえると、この惨状も俺のせいなんだろう。


「触手……も魔法だったな? ということは魔力が切れれば、触手も消えるのか? でも、そうしている間に女の子が……」


 ──えぇい! できもしないことを、考えている場合ではない!


 俺は女の子に絡まっている触手に掴みかかり、ほどこうとする。しかし力が強すぎて、助け出せる気がしなかった。


「なあ! この触手、どうやったらなくなるんだ!?」

「え……魔力を切ったらいいじゃないですか。なにをおっしゃっているんですか?」

「その魔力を切るっていうのが、どうすればいいか分からないんだよ!」

「集中を切ったらいい……ってギル様は以前言っていましたが……? ほら、目を瞑ったり深呼吸したり……あっ♡」


 こうしている間にも、女の子の口から嬌声が漏れ続ける。


 ──集中を切るって、こうか!?


 俺は試しに彼女が言った『目を瞑り』『深呼吸』をしてみる。


 すると、なんということであろうか。

 あれほど強固な力を保っていた触手がするするとほどけ、程なくして消滅した。


「はあっ、はあっ……なんとかなった」


 よかった……。

 額の汗を拭いながら、ほっと安堵の息を吐いていると、何故か女の子がすごい勢いで俺に詰め寄ってきた。


「な、なにをしているんですか!!」

「え?」

「なんで途中でやめたのかって言ってるんですよ!」

「いや、だって……助けてって言ってたし……」

「『助けて』って言うのは、『助けないで』っていう意味ですよ!? そんなの常識じゃないですか! 今までギル様はそんなことしなかったのに……」


 え、なに怖い。

 だが、彼女の表情を真剣そのものである。


 あんな気色悪い触手に弄ばれていたら、不快に思うのが当然だというのに……なんかこの女の子、ギルに負けず劣らずヤバい香りがするぞ。


「……ってか、お前は誰なんだ? 名前は?」

「へ? を途中でやめたり、わたしの名前を聞いてきたり、今日のギル様は変ですね。わたしはリディアです。ギル様の専属メイドの」


 と、彼女──リディアは首を傾げた。


 リディア……リディア……確かギルのお気に入りのメイドが、そんな名前をしてた気がする。

 学園に入学するまでは、お気に入りのメイドを魔法でイジめているとゲーム内で言ってた気がするが、名前がちょっと出てきたくらいで顔は表示されなかった。


「まあいっか。そんなことよりリディア、まだ色々と聞きたい。俺はギル。フォルデスト家の長男で間違いないんだよな?」

「その通りです。ほんと、今日のギル様はおかしいです。どこか頭でも打ちましたか? もう一回、わたしにお仕置きしてみますか?」


 そう尋ねるリディアはそわそわしており、先ほどの感覚を思い出しているのか「あっ♡」とまたもや艶かしい声を漏らした。


 やっぱり……俺の推測は当たってしまったか。


『エターナルクエスト』の世界に転生しまっただけでも驚きなのに、よりにもよってどうしてギルなんだよ。このままでは主人公やヒロインたちに『ざまぁ』されるではないか。


 破滅した後のギルは、どうなるんだろう? 序盤しかプレイしていないので分からないが、なかなか悲惨だったらしい。ろくでもない末路を辿ったに違いない。


「一体どんな悲惨なことが起こるやら──ん……待てよ?」


 顎に手を置き、考える。


 なにも、みすみす破滅を待つ必要はないではないか。


 幸い俺には(序盤だけ)原作知識がある。

 わざわざギルの行動を辿らなくてもいい。たとえば主人公たちに出会う、学園に入学しなければいいんじゃないだろうか? そうすれば破滅イベントも起こらないはず。


「いや……ダメだな。『エターナルクエスト』の設定じゃ、この国の有力貴族は強制的に学園に通わなければならない。無視したら、それはそれで別の破滅イベントが起こりそうだし……」


 ならば、主人公たちとなるべく関わらなかったらいいんじゃないだろうか?

 妙手のようであるが、やはりそれだけでは不安だ。こういう転生モノには『物語の強制力』というのがお約束だからである。多少辻褄が合わなくとも、破滅イベントが起こる可能性が十二分にある。


「ならば俺のすることは……なにが起こってもいいように、鍛えることか」


 うん、これでいこう。

 この先、なにが起こる未知数。だったら少しでも強くなり、それらに対応出来るようになった方がいい。


 なにが起こってもいいように、誰よりも強くなる。

 俺がすべきことは、これだ!


「どうしたんですか? ギル様、さっきからぶつぶつと呟いていますが……わたしがいるの、忘れてません?」

「リディア!」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


 突然、俺がリディアの肩を掴むと、彼女はビクついた。


「俺に力を貸してくれないか?」

「力を……? それはいいんですが、具体的にはなにを……」

「今までの俺は怠惰だった。しかしそれじゃダメだと思ったんだ。だから俺はフォルデスト家の長男として恥ずかしくないように、自分を磨く」


 もちろん嘘だ。

 俺──ギルを虐げ、かれの悪行を知りながら黙認していた家族のことなんてどうでもいい。


「とはいえ、俺一人だけじゃ限界がある……そこでお前にも力を貸してもらいたい。俺の鍛錬に付き合ってくれないか?」


 本当は家庭教師とかが最適解ではあると思うがが、ギルの家族内の境遇を考えるに、今更心を入れ替えたところで改善される見込みはない。

 それならば、ギルにとって最も身近な存在。彼の専属メイドであるリディアを、まずは味方にしようと考えたわけだ。


「鍛錬に付き合って……って、いつものお仕置きも含まれますか?」

「お仕置き? 触手のことか?」

「はい! 鍛錬というなら、触手を出す必要もあるでしょう? それでわたしを愛し……じゃなくて、イジめることです」

「お前が望むなら、いくらでもやってやろうじゃないか! お前の気が済むまで、イジめてやる!」

「いくらでも……気が済むまで……あぁ……っ!」


 俺の言葉を聞くなり、リディアは体をぶるっと震わせ、急に顔を接近させた。


「もちろんです! ギル様のお力になりますとも! 四六時中! 休み返上で! このリディア、ギル様に尽くします!」

「お、おぅ……ありがとう」


 あまりの熱量に戸惑ってしまうが、彼女も了承してくれるならなによりである。


 よし、これで方針は決まったな。

 いずれ入学するであろう学園でなにが起こってもいいように、体と魔法を鍛えまくる。

 そうすれば自ずと破滅から遠ざかるはずだ。



 ──誰よりも強くなってやる。



 拳を握り、強く決意した。








「えへへ……ギル様のお仕置きが、これから毎日……想像するだけで涎が出てしまいそうです」


 ……視界の端で変な笑い声を上げるリディアが、ちょっと気になったが。

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