第78話 反撃を開始します
アリシアは久しぶりにウェルストン家に帰った。
使用人たちは皆アリシアに対してよそよそしい。
廊下を行き来する執事やメイドたちはアリシアに挨拶もせず、こそこそと去っていく。
恐らく、トマスとデボラに報告しに行ったのだろう。
アリシアが自分の部屋に向かう途中、廊下を歩いていると、サロンの扉が開きマリアベルが出てきた。
「お義姉様! お帰りなさい! あら、お連れがいるの?」
マリアベルの顔半分は包帯で覆われていた。
そして彼女の視線はアリシアの後ろにいる二人の紳士と従者たちに注がれている。
だがアリシアにマリアベルの問いに答える意思はない。
「マリアベル、ずいぶんすごい包帯ね。怪我でもしたの?」
「これは……お義姉様との婚約が白紙になって、いらいらしていた殿下を慰めていたら、突然襲われて」
マリアベルが震える声で告白する。
使用人たちからアリシアが帰ってきたことを聞いたのか、廊下の向こうからトマスとデボラが慌てた様子でやってきた。
「貴様、何をしに来た!」
父親の第一声がこれである。
「何をしにと言われても、家に帰って来ただけですが?」
アリシアが落ち着き払った口調で答える。
いつもならば、ここでトマスがアリシアに手を挙げるところだが、今日のアリシアは紳士と従者を連れていた。
「アリシア、その人たちは誰なの? この家に勝手に人を入れないで、もうあなたの家ではないのよ!」
アリシアは、デボラをまっすぐに見て口を開いた。
「私の家ではないとは、どういうことでしょうか?」
「お前をウェルストン家の籍から外す! 申請は済んだ。役所に受理されれば、お前はもう侯爵家の人間ではない!」
「ええっと。つまりは私がお父様の娘ではなくなる、という手続きをしてくださったということですか?」
トマスはアリシアの言い回しに引っ掛かりを覚えたのか、疑り深そうな顔で見る。
「ヴァルト伯爵の養女になるのか? ならば、マリアベルの方がお前より身分が上だな。ふん、王太子の婚約者ではないお前に養う価値はないからな」
「お父様! やめてください。お義姉様は今もかわらず、私のお義姉様です」
マリアベルがトマスに訴える。アリシアはそのことに対して何も答えす、自身の用件を優先した。
「それより、家族全員そろっていることですし、大切なお話があるのでサロンへ行きましょう」
「アリシア、いつから家長の私に指図できるほど偉くなったのだ」
激昂するトマスを前に、アリシアは後ろの紳士を振り返る。
「申し訳ございません。サロンに入るまで少しお時間がかかりそうです」
アリシアは彼らに丁寧に詫びを入れる。
「大丈夫ですよ。我々もこういう事態にはなれておりますから」
「はい、入っていきなり、物を投げつけられたりしたこともありますから」
二人の紳士が鷹揚にアリシアに答える。
「その男どもはヴァルト伯爵につけられたんだろう? 仕方がない。サロンで話すぞ」
アリシアは今まで恐ろしくて苦手な父と思ってきたトマスを、初めて嫌いだと感じてわずかな迷いが消えていった。
サロンに入ると、茶と茶菓子が申し訳程度に出てきた。
「ウェルストン家は茶菓子を出すのに困るほど、お金がないのですか?」
「なんだと!」
アリシアが首を傾げて尋ねると、トマスがバンと大きな音を立てて机をたたく。そのせいで紅茶が零れた。
「お父様、落ち着いてください。これではお義姉様とちっともお話ができないじゃないですか? ねえ、お義姉様、今日は晩餐を食べて行くでしょう? まさか、寮にお戻りになるなんていいませんよね? 久しぶりだもの」
嬉しそうに、アリシアに微笑みかける。
「マリアベル、それはまだ決めかねているわ」
「あなたが決めることではないわ! さっきから何なのよ! 偉そうに!」
デボラがアリシアをにらみつける。
「これでは話が進みませんね。では、用件だけ」
アリシアが用件を切り出そうとすると、突然マリアベルがアリシアの横に座り、親しげに腕を回してきた。
「ねえ、お義姉様。私、こんな大けがをしてしまったから、学園に行けないのだけれど、サムは元気かしら?」
「サム?」
アリシアが不可思議そうに首を傾げる。
「あ、そっか、サミュエル・ロスナーのことよ。サムは彼の愛称なの」
マリアベルが甘ったるい声を出す。
「そう」
「それでね。殿下もカフェテリアに来なくなって寂しいから、魔法科の学舎の食堂で、お義姉様と一緒にお食事してもいいかしら」
「普通科にも食堂はあるし、あなたはいつもカフェテリアで食事をしているでしょう? それに普通科の学生は魔法科には入れないわ。危険な実験をすることもあるから。過去に実験室が爆発したこともあったそうなの」
「でも、サムは行っているじゃない」
それが目的なのだとはっきりとわかった。マリアベルは悪気がなく、無邪気なのではなく、享楽的で狡猾なのだ。
これでマリアベルに対するわずかな逡巡も吹っ切れた。
(マリアベルはギルティ。彼女は人から……、私から何かを奪うのに喜びを感じるのね)
「魔法騎士科はいいのよ。共通になっているから」
「そんなあ、私、寂しいんです」
「ねえ、マリアベル。その件なら学園長に直接お願いしたらどうかしら? 今日は大切な話があって来たの」
アリシアはマリアベルに言い聞かせると、トマスの顔を見据える。
「もう、お父様とは呼ばない方がいいのかしら?」
アリシアはトマスを見た。
「お前はもう娘ではないし、何の価値もない!」
「わかったわ。トマス、デボラ、マリアベル、あなた方には二日以内にウェルストン家の屋敷から立ち退いてもらいます」
トマス、デボラ、マリアベルと名前を呼ばれた三人は、そろってあっけに取られていた。
一番先に叫んだのはトマスだった。
「何を言っているんだ、お前は! この家は私のもので、私はウェルストン侯爵だ!」
「それが違うのです。あなたは契約違反により、この家の家督並びに相続権を失いました」
「ちょっと待って! お義姉様、それってどういうこと? まさか私までここを追い出さないわよね?」
「なぜ?」
アリシアは小首を傾げた。
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