第77話 ジョシュア、決別~王宮の地下牢

 ジョシュアの事件は本人が思っていた以上に重くとらえられた。


 ジョシュアは錯乱したとして、今王宮にある王族専用の地下牢にとらわれている。


 母にはすでに見限られ、マリアベルの言っていた通り、デズモンドが立太子することになった。


 ジョシュアは知らぬ間に廃太子となっていたのだ。


 誰も彼の牢にやって来る者はいない。


(賢いアリシアを大切にすればよかったのか? それにしても忌々しい魔法の鏡め。あれさえなければ)


 ジョシュアがいらいらと牢の中を歩き回っていると、遠くの方からコツコツと靴音が響いて来た。昼食は先ほど食べたばかりだ。


「面会か? それとも私の処罰が決まったのか?」


(たとえ、廃太子になろうとも私は王族。処刑や強制労働などさせられないだろう)


「こんにちは! ジョシュア、元気にしてた?」


 来たのはマリアベルだった。

 ジョシュアが傷つけたマリアベルの左側の顔には大きな包帯がまかれている。

「貴様、呼び捨てとは何事だ!」

「わあ、怖い。今日は許してあげてもいいかなと思ってきたのに」

 マリアベルは屈託のない笑みを浮かべた。


「お前に同情する者などいなかっただろう。持っているのは、若さと顔だけではないか。それにお前はトマスの子ではないし、お義姉様とはよく言ったものだな。アリシアと同じ年、いや、一つか二つ上だったか? トマスはその事実を知らないのだろう?」

 初めてマリアベルの顔がこわばった。


「お前の血は穢れている。貴族の血など一滴も流れていない。それに魔力も皆無だそうだな。魔法道具を使って学園の入学試験をごまかしたそうじゃないか」

 するとマリアベルは噴き出した。


「ふふふ、笑っちゃう。でも私、貴族籍は貰っているもの。腕のいい魔法医を探して顔の傷を治すわ。それでサムと結婚する」


「ほお、アリシアからもう奪ったのか? その顔でよく奪えたな」


「信じらんない。檻の中にいるのにどうしてそんな大きな口が叩けるの? ちょっとは気弱にならない。処刑されたらどうしようとか?」

 マリアベルが歌でも歌うように楽しげに囀る。


「それで、お前は誰の許可をとってここの牢獄に入れた?」 

「今、お父様と王宮に来ていて、デズモンド殿下と少し遊んであげたの。そしたら、デズモンド殿下が、兄上が心配だから見てきて欲しいって許可をくれたの」


「ここには高位貴族か関係者以外は入れないはずだが?」

「だから、デズモンド殿下に許可をもらったし、私はウェルストン家の侯爵令嬢なのよ」

 ジョシュアがマリアベルの言葉に失笑する。

 

「なあ、マリアベル。侯爵令嬢になる前、お前は誰の娘だったんだ?」

「何を言っているの? 私はウェルストン家の娘で――」

「違う。デボラはお前の母親ではない。彼女は子供を産んでいない。正確には子供が産めない体なんだ。金持ちの高齢者を狙っては後妻に入り、財産を奪ってきた女だ」

 マリアベルは愛らしい目を瞬いた。

「え?」


「とぼけるなら、好きにしろ。王室の情報網を侮るな。だが、母上もその事実を知っている」

「あら? もしかして、それを知っていて私を選んでいてくれたの?」

 ジョシュアはあっさりと頷いた。


「そうだよ。マリアベル、だからお前とは結婚できなかったんだ」

「へえ、愛してくれていたのね。あなたは私の顔を切ってしまうくらいだから、独占欲も強かった。でも治せるみたいだから許してあげようかな?」

「それでお前は誰の娘だ?」

 

 遠い過去を思い出すようにマリアベルの目が細めらた。


「ああ、貧乏な皮なめし職人の五人目のこどもだったかな?」


「ほお、それでどうやってデボラと出会ったんだ」

 ジョシュアは興味深そうにきく。


「あの時、デボラは後家だった。お金持ちの爺と結婚してすぐにその人が死んで一人ぼっちだったの。それで新しい相手ができたから、自分の子にならないかってデボラに誘われた。うちは貧乏だし、父親も母親も兄弟たちも小汚くて臭くて嫌だから、美人に生まれた私はデボラについてくことにしたの」

「私には想像もつかない世界だ」

 ジョシュアが遠い目をする。


「びっくりしたわよ。おめかししてデボラについていったら、立派な服を着た貴族がいて、私のお父様だっていうのよ。その人『マリアベル、大きくなって』なんて言って目を潤ませて泣いたの」

 マリアベルがけらけらと楽しそうに笑う。


「それは、妙な話だな」

「でしょう? デボラはトマスに会うたびに赤ん坊を借りてきたと言っていたわ。でもそろそろ結婚できそうだから、決まった子供が欲しかったったんですって。それ以来私たちは親子なの」

「なるほど、興味深い話をありがとう」


「え? それだけ? ねえ、謝ってくれたら、私が泣いて王妃陛下にあなたの減刑を乞うてあげるけど、どう?」

「結構だ」

 ジョシュアはぴしゃりと断った。


「つまんない」

「そうだ。マリアベル、お前は魔法の鏡の話を知っているか?」


「ああ、あの時計塔にある午前二時にのぞくと自分の未来が見えるってやつでしょ。見に行ったけれど何も見えなかったわよ」


「あれは満月の午前二時でなければ作動しない」

「ふふふ、ジョシュアったら、信じているの? 私、ちゃんと満月の午前二時にのぞいたわよ。真っ暗でなにもみえなかった。一緒に行ったお友達は泣いていたけど、弱虫でびっくりしちゃった」

 それを聞いたジョシュアが心底楽しげに笑い出す。


「ははは、あの鏡は人を選ぶのか、お前は魔法の鏡に選ばれすらしなかったのか? つまり未来を見せるに値しない屑ということだ」

 笑い続けるジョシュアをまえにして、マリアベルが呆れたように嘆息する。


「なんか、今日は穏やかだと思ったら……拘禁中におかしくなる人って本当にいるのね。じゃあ、また気が向いたら来るわ。さようなら、世間知らずな王子様」


「いや、お前は二度とここへは来られない。さようなら、名もない卑賎の民よ」


 マリアベルは楽しそうに笑いながら、ジョシュアのいる地下牢から去っていった。


「罪を償い、地獄に落ちるがいい」

 ジョシュアは虚空にむかって静かに呟いた。

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