第79話 復讐の宴

「だって私たちは腹違いの姉妹じゃない?」

「腹違いの姉妹? 何のことかしら、あなたは皮なめし職人の子供で私より、年も一歳か二歳くらい上なのよね?」

 それまでアリシアにすり寄っていたマリアベルの表情が一変した。


「どういうこと? 何を言っているの? 私はウェルストン家の娘で貴族よ! お義姉様どうかしちゃったんじゃない?」


「黙りなさい、アリシア! さっきから聞いていれば言いたい放題で、私はウェルストン侯爵夫人よ。失礼にもほどがあるわ」

 デボラが激昂して立ち上がり口角泡を飛ばす。


「いいえ、私は、あなたがどなたか存じません。ウェルストン家の現当主は私で、私が成人するまでお祖父様が代行を務めます。もうあなた方はウェルストン侯爵家の人間ではないのです。二日の猶予を与えましたが、お役人次第ですね」

 アリシアは後ろに控えている紳士に顔を向ける。


「お待たせしました。後はお願いできますか?」

 二人の紳士が頭を下げる。


「承知いたしました。ウェルストン侯爵閣下」

「おい、待て! アリシア、どういうことだ! それにこの男たちは何者だ!」


「管財人と執行官です。それから、あなた方を取り調べたいとのことで、外ではお役人の方々が待っています。もう間もなくあなた方は拘束されるので、取調だけで二日は経過してしまうでしょうね」

 アリシアがそう言って微笑むと、デボラは泡を吹きそうな顔をする。


「管財人? 執行官だと? アリシア、ちゃんと説明しろ! お前が当主などとふざけたことをいうな!」

 

 アリシアは往生際の悪いトマスに呆れたような顔を向ける。


「面倒ですね。あなたは私の母ジェシカと結婚するときにこの家の家督をくれと言いました。それを許す代わりに、母はあなたと魔法による契約書を交わしました。

 時間がかかるので抜粋して読み上げます。

 一つ、ジェシカ・ウェルストンの実子を虐待しないこと。

 二つ、ジェシカ・ウェルストンの実子に暴力を振るわないこと。

 三つ、ジェシカ・ウェルストンの実子には二階にある日当たりの良い一番広い部屋を与えること。

 四つ、ジェシカ・ウェルストンの実子には魔法学園の普通科を強要せず、好きな進路を選ばせること。

 五つ、私、ジェシカ・ウェルストンが死んでからも、トマス・ウェルストンは二十年間再婚しないこと。

 六つ、ジェシカ・ウェルストンが存命中に愛人を持たないこと。

 このうち一つでも契約違反をしたら、トマス・ウェルストン(旧姓トマス・アーベン)は家督並びに相続権を即座に失うこととする」


 アリシアは、母ジェシカが魔法道具の箱に残した契約証の内容を読み上げた。


 そしてそこにはトマスの署名が入っている。それは魔法による署名で、決して契約違反は許されない。


「嘘だ! そんな書類は存在しない!」

「どうしてそう言い切れるのですか?」


「仮にもしもお前が写しを持っていたとしても、本物ではない限り効力はないはずだ」


 アリシアがその書面をトマスの目の前にかざす。


「馬鹿な! ジェシカの部屋で私が探し出して燃やしたはずだ!」

「お母様は優秀な魔法科の生徒でした。精巧な写しをつくっていたのでしょう。あなたはそれに騙された。これが本物です」

 彼はそれを聞いた途端アリシアから書類を奪い取った。破るかと思いきや、なんとトマスはそれを食べたのだ。


 アリシアはトマスを不気味で不快だと思った。


「トマス、やはりあなたには真贋の区別がつかないのですね。それは私が作った契約書の写しです。本物は大切に保管されています。それから国王陛下からも私がウェルストン侯爵になることの承認を得ています。今現在家督を継いでいるのは私、アリシア・ウェルストンなのです」


 アリシアは管財人と執行人を振り返ると「あとはお願いします」と頭を下げた。


「騙したな! アリシア!」

 トマスが叫ぶ。


 アリシアがサロンからでようとすると、マリアベルが縋りついた。

「お義姉様! 待ってください! 私がどこかの職人の子だというのはどういうことですか? 私はお父様とお母様の子供です」

 怒り狂うトマスに、泣きながら縋りついてくるマリアベルが対照的だった。


「だから、私はあなたの義姉ではないわ。何度もいわせないで。それにあなたは私より年上!」


 アリシアが振り払おうとしたが、マリアベルも必死で彼女の腕を掴んで離さない。

 しまいには執行官の従者が見かねてマリアベルを引き離してくれた。


「いい加減なことを言わないで、私は貴族の娘よ!」


 まだ言い張るマリアベルに、アリシアはサロンから廊下に出てエントランスに向かいながら口をひらく。


「ジョシュア殿下から聞いたのよ」


 マリアベルは、従者の拘束を振り切って、アリシアの後についてくる。


「そんなの嘘に決まっているじゃない。殿下は私に振られてその腹いせに私の顔を切ったのよ! それに……ジョシュアがお義姉様と話すわけがないわ!」


(可哀そうなマリアベル、あなたは賢くて愛らしいのに何も知らないのね。王侯貴族というものを……)

 

 アリシアがおもむろに口を開いた。

 

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