第75話 マリアベルという少女

 マリアベルは楽しいことが好きな少女だ。


 彼女は相変わらず学園生活を楽しみ青春を謳歌している。


 学園長に厳しいことを言われて泣いたが、家に帰ってすぐにトマスに相談すると、どうにかしてくると言ってくれたのでマリアベルに心配はない。


 しかし、カフェテリアで昼食をとる仲間は変化した。

 

 ジョシュアがある日突然、学園に姿を見せなくなったのだ。


 表向きには公務となっているが、ジョシュアに非常に近しい学友によると、事実上の軟禁だという。


 事情はよく分からないが、マリアベルの勘はアリシアがらみだと告げている。


「ジョシュア様がいなくて、寂しいわ……」


 マリアベルがぽつりと呟くと、そこへリリーたちがやって来た。


「マリアベル様、私と一緒にお食事しませんか? 最近殿下が公務で来られなくてお寂しいでしょう?」


「そうですね。でもお義姉様はもっとお寂しいと思いますから」

 するとリリーたちが顔を見合わせる。


「もしかして、アリシア様の婚約の件で、いらっしゃらないの? いよいよマリアベル様が、殿下の婚約者に?」


 彼女たちの親はウェルストン家の取り巻きではあるが、重要な地位にあるわけではないので、ジョシュアが軟禁されているのを知らない。


「さあ、私にはわからないわ。ただ、お義姉様は落ち込んでいるようだけれど」

 するとリリーの瞳がきらりと光る。


「マリアベル様、アリシア様は全然ご実家に帰らないと噂に聞きましたが?」


「ええ、あまり帰ってこないけれど、私とは時々連絡を取り合っているの。お父様やお母様と上手くいかなくて、お義姉様も寂しいんだと思います」


 マリアベルがそう答えると、周りから「まあ、マリアベル様はなんてお優しい」と女子生徒たちが口々に褒める。


 順調な学園生活にマリアベルは笑顔を絶やさなかった。



 食事がすむ頃、マリアベルはカフェテリアに一人で入ってきた、サミュエルを見つけた。


 彼は王妃に王太子の学友から外されたせいか、周りに友人の姿はなく一人でいる。


 しかし、彼がロスナー公爵家を継いだことは確かで――。


「サム! 久しぶりね。元気だった?」

 マリアベルは明るい笑みを浮かべて彼に手を振り近寄った。


「これはマリアベル嬢。お久しぶりです。でもサムと呼ぶのはやめてもらえませんか?」


「あ、ごめんなさい。つい癖で、ジョシュア様もあなたを呼んでいたでしょう?」

「そうでしたね」

 サミュエルは短く答える。会話をする気はないようだ。


「ねえ、ジョシュア様のことで何か聞いていない? 最近学園にいらっしゃらなくて」


「さあ、知りません。俺は縁を切られましたから」


「そんな……私にとってサムは大切なお友達のままだから、何かあったのなら相談に乗るわ?」


「それはどうも。ではまず、そのサムと呼ぶのをやめてもらえます?」

「え?」

 マリアベルはサミュエルの反応に目を瞬いた。


「おっ! サミュエル、ここにいたのか? なんでこんな気取ったところで食事してるんだよ」

 数人の男子生徒がサミュエルのもとにやって来たので、驚いた。


 あっという間にサミュエルは彼らに囲まれて、楽しそうに話しながらテーブルについてしまう。


(私はジョシュア側の人間だと思われてしまったのね。それにしても一時は白い目で見られていたという話だけれど、サムはまた人気者に返り咲いているの? ほんと、いい加減な人たちね)


 マリアベルは今後どうやってサミュエルと信頼関係を築いていこうかと思案した。


 その日の放課後、マリアベルは放課後に女子学生たちと王都で評判のカフェにより、美味しいケーキを食べ、楽しい時間を過ごしてから、実家に帰宅する。


 すると最近すっかり、老け込んでしまったトマスがエントランス付近でマリアベルの帰りを待ちわびていた。


「まあ、お父様、どうなさったのですか?」

「マリアベル。王宮に至急向かってくれ、殿下がお呼びだ」


「ジョシュア様が? お父様、私、殿下が軟禁されていると言う話を聞いたのですが?」

 トマスが顔を歪めた。


「前国王陛下の不興をかったようだよ。私も詳しくは知らない」

「もしかして、王太子ではなくなるの?」

 トマスがマリアベルの言葉に黙り込む。


「それは……まだわからない。だが、アリシアとの婚約は白紙に戻りそうだ。そのことでお前にお話があると言っていた」


「お父様、もしジョシュア様が廃太子となったら、誰が王太子になるの?」

 トマスが驚いた顔でマリアベルを見つめる。


「マリアベル、めったなことを言うではない。それでもこの国の王族で王子という地位はかわらない」

「私には難しいことはわからないけど。それで、新しく王太子を擁立するとなるとどなたになるの?」


 トマスは不安と不信の入り混じった視線をマリアベルに向けた。

「恐らく、今年十歳になる次男のデズモンド殿下だろう。マリアベル、そんなことを知ってどうするつもりだ?」

「もちろん、殿下をお慰めするの。言ってはいけないことがあるのかと思って確認しただけよ。では着替えてから、行ってまいりますわ」

 

「マリアベル、制服のままでいい。殿下はお急ぎのようだ」

 マリアベルはトマスの言葉に、目を見開いた。

「まあ、お父様、何を言っているの? 殿下にお会いするのよ? 最高級のドレスを着ていかなければ」

「それでは遅くなるだろう」

「それでもです。私は殿下に礼を尽くしたいのです」



 美しく化粧を施し煌びやかな訪問着に着がえると、マリアベルは笑顔で実家を後にして、豪華な馬車で王宮に向かった。



 マリアベルが王宮につくと、ジョシュアの侍従に案内される。

 いつもはバラの咲く庭園に案内されるのに今日は様子が違う。

 複雑な回廊を歩き、王宮奥深くに向かう。


 それにマリアベルが王宮に行くといつも現れる王妃が、今日はいなかった。


(王妃陛下はどうしたのかしら? もしかしてジョシュア様は見捨てられたの?)

 やっとジョシュアがいるという部屋に着いた。


 扉の前には立ち番の兵が二人立っている。ジョシュアが軟禁されているのだとわかった。


「通路が複雑で帰りに迷いそうだわ」

「帰りも私がご案内いたします」

「そう、お願い」

 マリアベルは軽い足取りで部屋に入っていった。


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