第74話 魔法の鏡 真相

「貴様は誰だ?」


「魔法省魔法道具管理部のミランダ・カストンと申します。この時計塔の管理を任されておりました。そしてこの時計塔の魔法の鏡は訪れる学生たちに開放されています。学園側もそれを黙認しています」

 ミランダは学生に化けていた魔法省の役人だった。


 アリシアはブライアンの実家を訪ねた時にその事実を聞いて驚愕した。

 ミランダが職をかけて、ブライアンに告白したのだ。

 

 ――彼女はこの職がとても気に入っていたという。

 ミランダにとって時計塔の管理は楽なもので、破損しないように、または角度を調整し、昼に見回りするだけで第二の学園生活が楽しめる。

 だが、ある日突然上司にアリシアのことを報告するように義務付けられた。

 おかしいとは思ったが、アリシアは優秀で模範的な生徒だったので、安心してありのままを告げた。

 

 魔法省魔法道具管理部の職員は魔法の鏡をのぞくことが禁止されている。過去に精神が錯乱した職員がいたからだ。


 だが、規則を破り魔法の鏡を見た彼女は、上司を疑い始めた。アリシアが失踪した後、直接問い詰めると彼が王妃の命令だと認めたのだ。

 

 ミランダはアリシアを救うために行動をおこした。

 彼女は童顔だが、アリシアの三歳年上で魔法学園に早期入学し飛び級して魔法省の役人になった天才だ。


 そしてミランダは今回の事件を機に職を辞し、魔法師団に入ることが決まっていた――。


「なぜ、このように危険なものが開放されている!」

 怒りに我を忘れたジョシュアの問いには、前国王が答えた。

「この国の危機を幾度となく、救ってきたからだ」

「は? 意味が分かりません」

 ジョシュアは食い下がる。


「魔法の鏡は一人にたった一つだけ未来を提示する。鏡をのぞいた後、行動をかえればその者は最悪の未来から救われる。逆にさらなる不幸を選択する愚者もいる。それが今のお前だ」

「そんな……馬鹿な!」


「お前はこの国の王になってはならない」


「起きてもいない未来の罪で私は裁かれるのですか? おかしいでしょう!」

 ジョシュアは髪を振り乱して叫ぶ。


「起きてもいない未来の罪だと? お前は今、アリシア嬢をロスナー卿に殺害させようとしたではないか?」


「ロスナー卿? そうかサム、お前は父親とアダムを殺し合わせて家督を簒奪したんだったな」

 そう言ってせせら笑う。


「連れて行け!」

 前国王の命令でジョシュアは連行されていった。


 前国王の一団とともに学園長が去る。

 生徒たちに「君たち、ご苦労だったね。早く戻って寝なさい」と言い残して。


 そして、ミランダが目に涙をためて振り返る。

「アリシア、しばらくお別れね。二度目の学園生活が楽しかったから、すごく寂しい。私、一度目は飛び級だったから周りと話が合わなくて……アリシアが初めての友達なの」


「うん、私も同じ。とっても寂しいわ。ミランダ、今回のことありがとう。あなたが前国王陛下を動かしてくれたのよね。あ、ミランダさんって言った方がいいのかな」


「やめてよ! そんなこと言ったら、私はあなたをアリシア様って呼ばなきゃならなくなる。それに前国王陛下を動かしたのはロスナー家とリヒター家、学園長にヴァルト伯爵の力あってこそよ」


 そこで二人の間にふっと沈黙が落ちた。


「ミランダ、ごめんなさい。あなたが身分をあかしたことは職務違反だったのに」

「アリシアの命に比べたら軽いものよ。それに次の職場も決まっているから問題なし。アリシアが、あんなくそ男と結婚しなくて済んでよかった!」

「ありがとう、ミランダ」

「アリシア、私はあなたが大好きよ」

「私もよ。ミランダはずっと魔法師団にいるつもり?」

 アリシアはミランダが心配になる。


「いいえ、三年くらい修行をつんだら、この学園の教師になって学園長に上り詰めるつもり。もう権力に利用されるのは嫌なの」

 そう言ってミランダは微笑んだ。


「あなたなら絶対にできる。楽しみにしているから!」

 ミランダとアリシアは固く抱き合ってから別れを告げた。


 ミランダは魔法省の職員として、これからいろいろと証言をしなくてはならないので、遅れて役人たちの後について行った。名残惜しそうにアリシアたちに手を振りながら。


 時計塔の入り口に三人が残された。

「それじゃあ。俺も帰るかな」

 ブライアンの言葉に、アリシアは頷いた。


「そうね。遅いから、私も帰るわ」

「サミュエル、しっかり送るんだぞ」

「言われなくてもわかっているよ」

 ブライアンは笑いながら去っていった。

 うっすらと東の空が白み始める

「大変な、夜になってしまったわね」

「アリシア、あんな奴らのことなど忘れろ。君の賢さと美しさに嫉妬したんだよ」

 低く落ち着いていて、適度に甘さを含んだサミュエルの声が耳に心地よい。


「うん、努力する」

「アリシアが傷つく必要なんかない。今夜はうちへおいでよ。あ、別に変な下心はないからな」

 そんなサミュエルの言葉にアリシアはつい笑ってしまう。


「大丈夫。私にはまだ大掃除が残っているから」

「害虫駆除なら手伝うよ」

「あなたは一人で背負ったわ」


「君に頼み忘れただけだよ。それにアリシアのアミュレットのお陰で命は助かったし。まさか魔法道具の罠が仕掛けられているとは思わなかったよ」


「あなたは、お兄様もお父様も生かした」

「生きて罪を償うべきだろう。まあ、伯母さんが国際問題もじさないとキレているから、アダムは処刑されるかもだけど」

 そう言ってサミュエルは肩をすくめた。


 サミュエルは、生きていくために必要な指針というか軸というようなものを持っている。


 しかし、アリシアの心には迷いと恐れと、捨てきれないわずかばかりの情が残っていた。


(私は彼らをどうしたいのだろう。でも……決着はつける。たとえそれが、血を分けた父であっても)


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