第67話 ロスナー家~カーティス・ロスナー公爵の最愛②
乳母もなく、世話をする者もいない子供は衰弱していった。
しかし、カーティスはそのことから目をそらした。
執事か使用人の誰かが知らせたのか、サミュエルの伯母が彼を連れて行った。
彼女はナタリーの姉というだけあって、ナタリーによく似た顔をしていたが、酷くカーティスに対して怒っていた。
それ以来彼女に会ったことはない。
だが、次男を突然いなくなったことにもできず、王宮の催し物のある時だけサミュエルを呼び寄せた。
皮肉なことに明るく育ったサミュエルは、すぐにジョシュアのお気に入りになり、側近にならないかと打診された。
王立魔法学園に通う年にこの家に帰ってくることになったのだ。
当然のようにアダムはサミュエルを嫌い、後妻の方は明るく気さくなサミュエルをかわいがった。
家の空気はぴりついていて一触即発だった。
サミュエルが学園の寮に入ると言ったときは、ほっとしたものだ。それと同時に後妻も屋敷から出て行った。
その後魔物討伐の事件が起こるまで、サミュエルはほとんどこの家に近寄ることはなかった。
カーティスは、ナタリーの姉が嫁いだ隣国のリヒター公爵家が嘘の証言をした学生をすでに確保しているとの情報を掴んでいた。
(あの時、なぜアダムの言うことを、鵜呑みにしてしまったのだろう)
いまさらではあるが、カーティスは重い腰を上げる。
アダムにロスナー公爵家を継ぐだけの器量がないことはわかっていた。
それなのに何代も続く厳しい家訓に縛られて、愚かな選択をした。
長男だけが異常に優遇される歪んだ家。
カーティスが椅子から立ち上がりドアへ向かう途中、廊下で突然騒ぎが起こった。
使用人たちの叫ぶ声や走る靴音が響く。
何事かと思えば、執務室にノック音が響くと同時に執事が飛び込んできた。
「どうした。今度は何の騒ぎだ」
カーティスはもろもろのことに疲れ、うんざりしていた。またアダムが騒ぎを起こしたのだろうか。
「そ、それが、サ、サミュエ――」
「ちょっとさあ。俺の扱いどうかと思うよ? なにこの失礼な執事。俺、叩き出されそうになったんだけど?」
そう言って執事をカーティスの前から無造作に退けたのは、サミュエルだった。
カーティスは驚きに棒立ちになる。
「……サミュエルか?」
サミュエルはカーティスを見るとにかッと笑う。
だが、それはどう見ても友好的には見えない。
「やあ、薄情者の父上。愚息のお帰りだよ。また執事が変わったんだね。この家何か問題があるんじゃない?」
大人になる寸前の美しい少年。
今では体も逞しく、カーティスより背が高い。
美しい金髪、瞳の色はいつもの青灰色ではなく、ナタリーと同じ黄玉。これが彼、本来の瞳の色なのだ。
生まれた時も幼少期も確かにこの色だった。
ナタリーを思い起させる。美しい色。
サミュエルは、いつの間にかロスナー家に合わせて瞳の色を青灰色に変えていたのだ。
それはきっと、彼なりの思いやりだったのだろう。
そんなことに気づかぬほど、カーティスの世界は灰色にそまっていた。ナタリーが死んだあの日から。
カーティスは深く後悔のため息をつくと口を開いた。
「そうだな。問題は大ありだ。お前が逃げ出してから、大騒動が起こった。アダムがしでかしたことは知っている。それについて責任を取らせるつもりだ」
サミュエルは美しい顔にぞっとするような笑みを浮かべ、首を傾げた。
「『アダムがしでかしたことは知っている』って、なんの件? たくさんありすぎてわからないよ。まず父上と共謀して出頭だと俺を騙して処刑しようとしたこと? 子供の頃から何度も俺の食事にアダムが毒を混ぜたこと? ああ、あれは全部給仕のせいにしたんだっけ。それと屋敷での窃盗、俺がこの屋敷のお宝を売り払ったことになっていたよね? 父上が言うアダムがしでかしたことって、そのうちどれのことさ?」
サミュエルの迫力に飲まれ、カーティスは呆然とした。
それからゆっくりと彼の言った言葉を反芻する。
サミュエルを襲った様々な事件を思い出す。いずれも彼は助かった。
(アダムはその度になんといっていた?)
『サムは父上の気を引きたいんだよ。嘘や悪質ないたずらで』カーティスの背筋が凍り付く。
それは今までカーティスが目をそらし続けてきたもの。
「俺は話せばわかると思っていた。憎しみは誤解やすれ違いから生じるものだと信じていた。だが、それは幻想だ。嫉妬という感情がどれほど醜いかを理解していなかった」
つまりサミュエルは話し合いの余地はないと言っているのだろう。
「お前はアダムのしでかしたことについての証拠を握っているのだな。望んでいるのはアダムの処罰か」
絞り出すようなカーティスの言葉に、サミュエルはまたも首を傾げる。
「もちろん、望んでいるけど。それは俺の仕事だから」
「どういう意味だ」
「父上、まずはこの家の権利書をお渡しください」
「なんだと?」
いままで、サミュエルは欲のない息子だと思っていた。
それがいきなり権利書を要求してきたので驚いた。
口元は微笑んでいるのに、サミュエルの美しい黄玉の瞳には何の感情も浮かんでいない。蔑みも憎しみも……。
「へえ、不満ですか? それなら力ずくで家督を簒奪しますけど?」
彼は不敵に笑った。
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