第3話アリシアの初恋②
そんなある日、アリシアは窓の外で男女の明るい笑い声を聞いた。
まさかと思い四階の窓の外を見る。
ジョシュアとマリアベルが庭園を散歩していた。
「どうして……」
アリシアは混乱し、慌てて部屋から飛び出した。
直後に、どんと人にぶつかり、アリシアは尻もちをつく。
「あつい!」
直後にアリシアは頭から熱い紅茶をかぶる。
「まあまあ、なんて行儀悪いんでしょ? 廊下を走るだなんて」
見上げるとデボラだった。
なぜデボラが四階の廊下にいるのか意味が分からない。
彼女は階段を上るがたいへんだと言って、普段からここには寄り付かないはずだ。
「今日は外出禁止よ」
「そんな、ジョシュア殿下がいらっしゃっているのにどうしてですか?」
アリシアは驚いた。
なぜなら、ジョシュアはアリシアの婚約者なのだから。
「あなたに会いに来たわけじゃないの、今日はマリアベルのお披露目よ」
「お披露目って、どいうことですか?」
「言葉通りの意味よ。殿下のお相手が地味で陰気なあなたでは可哀そう。マリアベルの方がよほどあっているわ」
「私は殿下の婚約者です」
いつも委縮しがちなアリシアも、この時ばかりは、はっきりと口にした。
しかし、デボラに頬を張られた。
ジンとした痛みを感じ、反射的に涙が頬を伝う。
「あらあら、そんなお顔じゃ、殿下の前には出られないわね」
刻々と腫れていく頬をおさえ、アリシアは呆然とした。
この時初めてデボラに暴力を振るわれた。
以降、怖くてアリシアはデボラに逆らえなくなった。
その後もウェルストン家ではアリシア抜きのお茶会が催されるようになり、一年を過ぎるころには、数少ないアリシアの友人は、皆マリアベルの友人となってしまった。
内気なアリシアよりも、明るく華やかで両親に愛されているマリアベルを選んだのだ。
それでも王宮での王妃教育は続き、月に二度ジョシュアとの短いお茶の時間だけが、アリシアの中で救いとなった。
(大丈夫。私はまだジョシュア殿下の婚約者だから)
アリシアは何度も自分に言い聞かせた。いつかあの家を出られるのだからと……。
しかし、二人が特別親しくなることはなく、いつも通り読んだ本や学問の話に終始した。
◇
やがてアリシアが十四歳になり、王立の魔法学園に通うことになった。この国では魔力のある者はたいていこの学校に通う。
アリシアは一も二もなく、寮生活を選択した。
デボラとマリアベルは反対したが、トマスは喜んだ。
トマスは、ジェシカ似のアリシアの顔を見たくなかったのだろう。
不思議なことにアリシアはそのことにほっとした。
この頃には実父に何も期待していなかった。愛情すらも。
ある晩、アリシア抜きで、サロンで家族会議が行われた。
たまたまお妃教育で遅く帰ったアリシアはそれをこっそり立ち聞きしてしまう。
「ねえ、どうしてアリシアだけ学園へ行けるの? 私はいけないのに」
「しかたがないだろう。お前は市井で育ったんだ。教育だって不十分なのだから、後一年家庭教師のもとで勉強するんだ。そうした、お前も通わせてやる」
トマスがマリアベルをなだめる。
「そんなあ、聖魔法使いの特別枠はないの?」
「昔はあったが、今は医術や錬金術が発達しているのからないんだ」
残念そうなトマスの声。
「でも、マリアベルの実年齢は十四歳だし、あなたの子供よ。つまりこの家の実子じゃない。いつまでアリシアを嫡女に据えているつもりなの?」
デボラの言葉に、アリシアの心臓は止まりそうなった。
(そんな……。マリアベルはお父様の実子だったの……、しかも義妹ではなく、異母妹で私と同じ年ですって?)
ショックと悲しみでアリシアは棒立ちになる。
「しかし、金で入学試験をパスしたとしても、今のマリアベルの学力では卒業は難しい。だから、貴族籍にいれる時アリシアより、一歳年下にしたんだ」
「それにしてもトマス、私はあの娘の寮生活は反対よ」
「お父様、お義姉様が寮に入ってしまうと、殿下がこの家に遊びに来ないじゃないですか?」
「安心しろ、この家で茶会もするし、マリアベルを王宮へ連れて行くから、そのついでにジョシュア殿下に会わせてやるから」
しかし、デボラとマリアベルは気に入らないようだ。
「だめよ、トマス。アリシアを寮に入るのだけはやめさせて」
三人の押し問答は続いたが、アリシアはもう聞いている気力もなくなり、自室へと戻った。
この家で自由にできるものなどアリシアにはないのだ。
一週間後、トマスの強い希望でアリシアの学園寮入りは決まった。
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