第4話アリシアの初恋③

「しかし、金の力で入学試験をパスしたとしても、今のマリアベルの学力では卒業は難しい。だから、貴族籍にいれる時アリシアより、一歳年下にしたんだ」

 トマスの言葉にアリシアはさらなる驚きを覚えた。

(マリアベルと私が同じ年ですって?)


「でも実際には私の方がひと月早く生まれたから、私がアリシアのお姉さんなのよね。本当は私がこの家の嫡女なんですよね?」


「確かにそうだが、ヴォルト伯爵領の老いぼれどもがうるさいから、しかたがないだろう」

 トマスがうんざりしたようにマリアベルの問いに答える。


「それにしてもトマス、私はあの娘の寮生活は反対よ」

「お父様、お義姉様が寮に入ってしまうと、殿下がこの家に遊びに来ないじゃないですか? そんなの寂しいです」

 不満そうなデボラと悲しそうなマリアベルの声が聞こえてくる。


「安心しろ、この家で茶会もするし、マリアベルを王宮へ連れて行くから、そのついでにジョシュア殿下に会わせてやるから」

 しかし、デボラとマリアベルは気に入らないようだ。


「トマス、寮に入るのだけはやめさせて」

 デボラが強い口調で反対する。

 三人の押し問答は続いたが、アリシアはもう聞いている気力もなくなり、自室へと戻った。


 この家で自由にできるものなどアリシアには何一つないのだ。


 一週間後、トマスの強い希望でアリシアの学園寮入りは決まった。

 

 ◇


 学園には入学したものの、自分の行きたい進路を選ぶ自由はアリシアにはない。


 アリシアは実母のジェシカ似で魔力が強く、魔法科に通いたかったが、王妃教育を受けている手前、普通科つまり紳士淑女が通うコースを選ぶことになった。


 そしてジョシュアは意外にも魔法騎士科を選んでいた。アリシアがそのことを知ったのは学園生活に入って二か月が過ぎてからだった。


「てっきり、政治学の方へ進むのかと思っていました」

 アリシアは昼の学園のカフェテリアでジョシュアを前にそう切り出した。

 カフェテリアは学園の貴族が昼になると集う食堂で、アリシアも毎日そこで昼食をとっていた。

 

 学園に入学してから、二人は一緒に食事をとるようになった。

 もちろんそれは時間が合えばで、週一度がせいぜいだ。

 普通科と魔法騎士科ではカリキュラムが違う。

 それでもアリシアにとっては幸せなひと時だった。


「政治や財政の勉強は王宮で子供の頃からしている。今では実務もこなしているのだから、学園で学ぶ必要などないだろう」


 子供の頃から次期国王として育てられ、がんじがらめに見えた彼の方が、学園で自由を謳歌しているように見えるのはアリシアの気のせいだろうか。

 

 そこで、ふたりの間のふっと会話が途切れた。


 アリシアはその先の彼の話しが聞きたかったが、彼が黙り込んでしまったのでこれ以上は聞けない。


 相変わらずアリシアは気弱で口下手だった。


 会話を広げることができないのだ。だから、未だにジョシュアが何を好もしく思い、何を嫌うのか知らないでいる。


 そんな自分を歯がゆく感じた。


「アリシア嬢はどうなんだ。勉強の方は難しいか?」

 アリシアは彼のこの言葉に落胆する。


 ジョシュアがアリシアを知っていれば、このような言葉は出ないはずだ。

 彼女は普通科で首席なのだから。彼はきっとアリシアに全く興味がないのだろう。


 アリシアは俯きそうになるそうになるのを堪えて微笑みを浮かべる。


「楽しく学んでいます」

「王妃教育もあるし、互いに忙しいが、これからも国を支えるために頑張っていこう」

 今日もジョシュアとの会話は弾まない。


 彼は、たまにマリアベルと話している時は微笑むのに、アリシアの前で微笑んでくれたことは一度もない。


 いつも厳しい顔つきをしている。

 

 食事が終わるとジョシュアはすぐに席を立ち、授業の準備や学友たちの輪に入ってしまった。

 

 それでも、マリアベルがここにいないだけで、アリシアの心に平穏は訪れる。


 もう一つ、学園に通うようになって、アリシアの元に友人が戻って来たことも大きな要因だった。


 皆、マリアベルなどいなかったように、今ではアリシアと過ごしてくれる。


 勉強ができることとジョシュアの婚約者ということで、学園の教師の覚えもめでたく、孤立しないで済んだことにアリシアはほっとしていた。


 ただどうしても魔法への未練は捨てきれず、アリシアは時間があると学園の図書館によって魔法の勉強を独学でした。


 普通科の授業でも魔法の科目はあるが、一般常識程度で専門的なことは勉強しない。


 マナーの授業などは、お妃教育ですでに習っていることばかりでアリシアに少々退屈だった。


 そして実母のジェシカはここの魔法科の出身だったという。


「……憧れるなあ。魔法科にいきたかったな」


 夢中で魔法の本をめくりながら独り言ちた。


 ――少々退屈だが、平穏な学園生活はあっという間に一年がすぎていった。

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