第23話 聖なる王剣(2)
「間一髪だったわ」
リベルラゼノクの光線が当たる前に素早くパピリオゼノクに変身したラットリーは空を飛んでその場を脱出し、王剣ラプトラクルを胸に抱いたまま王宮の武器庫の大きな四角い屋根の上に着地した。
「良かった。剣は無事みたいね」
変身を解いたラットリーは月明かりに照らしてよく観察しながら、大事な王剣が破損などしてしまっていないかを慎重に確かめる。魔力で作られた結界すらも破壊したラプトラクルの刃は爆発に巻き込まれても傷一つなく、月光を反射して神秘的な美しさを放っていた。
「父上……国王陛下……それに王家の方々……この仇、必ずルワン殿下と共に討ってご覧に入れます」
悔しいが、今ここで自分一人だけではどうすることもできない。メクスワン六世の遺命に従い、ラットリーは反乱軍に占拠されつつある王宮を離脱してデーンダー僧院にいるルワンにこの王剣を届けることにした。ナピシムの王者の地位を証するこの剣を手にしてルワンが立ち上がれば、次の国王として強力な大義名分を持って王国再興の兵を挙げることができる。
「……誰?」
不意に、背後に人の気配を感じてラットリーは振り向いた。さっきのエフゲーニヤか、と一瞬思ったがそうではない。黒光りする鉄仮面で顔を隠し、こちらをじっと睨んでいる少年。黒いマントを夜風になびかせながら、ルワンと同じくらいの背丈のその男は腕組みをしてラットリーを値踏みするかのように凝視している。
「完全にしてやられた……まさかこんなことになるとはな」
敵のような佇まいを見せつつも、鉄仮面の男はこの事態を悔やむような言葉をその口から発した。その声色はどこかで聞き覚えがあるような気も、ないような気もする。果たしてどう対応したものか、ラットリーは即座に判断しかねてただ身構えることしか出来なかった。
「王剣だけでも敵に渡らなかったのは僥倖だ。褒めてつかわすぞ。マノウォーン家の娘よ。……その剣を俺に寄越せ」
まるで臣下に対するように命令口調で言われて、ラットリーは心外そうに顔をしかめた。
「この剣はルワン殿下に届けるようにと、国王陛下からご遺言を賜ってるわ。だからあなたには渡せない」
「だからこそだ。その剣を持つ権利はこの俺にある」
「言葉が通じないわね。まず名を伺ってもよろしいかしら」
「ウークリット……今はそう名乗っておこう」
「今は……?」
相手の物言いには掴みどころがなく、意味がよく分からない。戸惑いと不快さを覚えつつ次の反応に窮するラットリーの様子を冷ややかに眺めながら、ウークリットは声を低めて呪文を詠唱した。
「――
湧き上がる暗黒の魔力が実体化して黒い
「くっ……
突如、疾風の如く急加速して突っ込んできたロクスタゼノクの拳を、王剣を置いて咄嗟にパピリオゼノクに変身したラットリーは片腕で防御する。凄まじい打撃に弾き飛ばされたパピリオゼノクだったが、背中の大きな蝶型の羽を動かして推力を作り出し、勢いを相殺して倉庫の屋根の端で何とか踏みとどまった。
「悪くない腕前だな。俺の家臣となれば相当の活躍が期待できそうだが」
すかさず追撃してきたロクスタゼノクの手刀をかわし、チャザットの蹴り技で応戦しながらパピリオゼノクは相手の科白に失笑を漏らす。
「冗談じゃない。私がお仕えするのは大恩あるパトムアクーン王家のみよ」
「よくぞ言った。その忠誠心は大いに評価するぞ」
「だから、あなたに主君みたいな顔をされる筋合いはないんだって!」
激しく格闘しながら、まるで噛み合わない相手との会話にパピリオゼノクは苛立ちを露にする。これは単にこちらの精神をかき乱そうとする心理戦の一種でしかないのか、それとも何か深遠な意味のあることをこの男は言っているのだろうか。
「消えなさい!」
「おっと」
パピリオゼノクが掌から発射した光弾を、ロクスタゼノクはこちらも洗練されたチャザットの回し蹴りで弾き返す。飛んできた自分の光弾を身を翻してかわし、再び突撃しようとしたパピリオゼノクはふと倉庫の屋根の上に置いたままにしていた王剣の方へ目を向けた。
「あっ……!」
「王剣はいただくぞ!」
先ほど王宮の中庭で交戦したばかりのゲッコーゼノクが、戦いのため放置されていた王剣を盗み取ろうとしている。一瞬そちらに目をやって、ロクスタゼノクに攻撃の隙を与えてしまったのに気づいたパピリオゼノクはすぐに目の前の敵に向き直って防御の構えを取った。だが次の瞬間、ロクスタゼノクは彼女ではなくゲッコーゼノクの方に凄まじい殺気を向けて叫んだのである。
「下賤の者が……神聖な王剣に触れるなぁッ!!」
「ぐわぁっ!」
ロクスタゼノクの掌から発射された巨大な光弾がゲッコーゼノクを直撃し、大きく吹っ飛ばして空中爆発を引き起こす。怒りの一撃を受けてひとたまりもなく、ゲッコーゼノクは粉々に砕け散って消滅した。
「勝負は預けたわよ!」
武器庫の屋上を素早く転がったパピリオゼノクはその間に王剣を取り、そのまま高速で飛翔し夜空の彼方へと逃げていった。背中についた蝗のような羽を展開して追おうとしたロクスタゼノクだったが、すぐに思い直して飛び立つのをやめる。
「いいのかい? 逃がしちゃって」
いつからそこにいたのか、屋根の片隅に腰かけて地上に向けて垂れ下がった両足をぶらぶらと振りながらそう言ってきたのはフィリーゼ人のキャメロンだった。ロクスタゼノクは闇色の全身装甲を空気に溶け入らせてウークリットの姿に戻ると、冷たい鉄仮面の奥に余裕の笑みを浮かべて彼女に答える。
「構わん。今はあの女に――奴に王剣を預けておく。奴があの剣を手に挙兵してゾフカールの奴らと潰し合ってくれるなら、それもまた一興だ」
「ひとまず漁夫の利を狙うってことかな。まあ確実性を考えれば、それが一番お利口さんなやり方だろうね」
「今に見ていろ……ゾフカール人どももサムライも、そしてあの偽王子も決して許さん。全て地獄へ叩き落としてやる」
煮えたぎるウークリットの怒りを愉快そうに眺めながら、キャメロンは夜空に浮かぶ月を
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