第22話 聖なる王剣(1)
「そんな……陛下……父上っ……!」
父親も、心の底から忠誠を誓っていた王や王女や王子たちも、自分の生きる場所だった王朝すらも目の前で無惨に奪われてしまったラットリーは悪夢のようなこの衝撃を受け止めきれずにガタガタと身を震わせた。
「見たか。お前たちの天下はもはや終わったのだ」
「うぅっ……」
泣き崩れるラットリーに、醜悪な魚人の仮面を向けたトキソテスゼノクは嘲るように肩を揺らして哂う。だがその時、誰もが予期しなかったことが起こった。
「うっ……ぐぅっ……」
「何っ……!?」
トキソテスゼノクの光弾で心臓を射抜かれ、うつ伏せに倒れたまま死んだと思われていたメクスワン王が動き出したのである。苦しげに呻きながら手にした王剣を引きずり、血と酒と盃の破片が散乱する床を這うようにして王は大広間の出口へ近づいてゆく。
「国王陛下……」
サムライたちが驚いて勝ち鬨を中断し、トキソテスゼノクやリベルラゼノクも動きを止めて見つめる中、部屋の扉の前まで辿り着いたメクスワンは息も絶え絶えな状態で立ち上がり、結界の壁の外にいるラットリーに語りかけた。
「恐れていたことが起きた……これは余の不徳じゃ。そちの父上の忠告に、もっと真剣に耳を傾けるべきであったな」
「陛下っ……!」
自嘲しながらメクスワンは王剣を持ち上げ、その柄を両手で強く握り締めた。そして次の瞬間、残された力を振り絞った王は皆があっと驚く行動に出たのである。
「ムンッ!!」
まるで猛獣のような重低音の叫びと共に、メクスワンは出口を塞いでいる結界にラプトラクルの刃を力一杯突き立てた。魔力で生成された光の壁が一撃で貫かれ、ひび割れてバラバラに砕け散る。
「ナピシム国王の大権を証するこの聖なる剣をルワンに託す。余の跡を継いで王となり、このナピシムを治めよとルワンに伝えるのだ」
戸惑うラットリーに、メクスワンは鞘に仕舞った王剣をゆっくりと差し出した。臣下の身で神聖な王剣に触れるなど畏れ多い、と一瞬躊躇ったラットリーだが、すぐに今の状況を理解して考え直し、その場に跪いて恭しく剣を受け取る。
「
「一族の血筋は絶えるとも、志は絶えず……」
「陛下!」
今際の科白を口にしたメクスワンはそのまま事切れ、どさりと床に倒れ込んだ。両目をカッと見開いたまま、ナピシムの国王は四十年の生涯の幕をここに閉じたのである。
「なるほど。その大層な剣がこの国の王の権力の象徴ということだな」
しばし誰もが言葉もなく呆然としていたが、最初にその沈黙を破ったのはゾフカール人のトロフィムが変身したリベルラゼノクであった。厳かに王剣を受け取ったラットリーを昆虫型の複眼で睨みつけながら、彼は現在の状況を言葉にする。
「残る一人の王子にその剣が渡れば、正統な王の跡目としての名分が立つ。こちらとしては甚だ厄介という訳だ」
「そういうことね。そして私はそのあなたたちにとっては甚だ厄介な事態を招くようにと、陛下からご遺言を託された……」
ようやく冷静さを取り戻したラットリーとリベルラゼノクとの間に敵意が飛び交う。次の瞬間、リベルラゼノクは右手から攻撃魔法の赤い光線を放ってラットリーを攻撃した。
「王剣ごと消えて無くなれ!」
「――
大広間の入口に光線が炸裂し、周囲の壁を吹き飛ばす大爆発が起こる。開け放たれていた木製の大きな扉が爆裂し、無数の破片となって廊下の向こうまで飛び散っていった。
「……
「いや、逃げられたようです」
爆発が収まり、煙が晴れた後にはラットリーの姿も王剣もなく、ただ黄色い魔力の残光が粉雪のように空中を舞っているだけだった。取り逃がしたと悟ったチェンロップは歯噛みし、この完璧なまでの成功を収めた反乱計画の唯一の誤算に浮き足立つ。
「あの剣がルワン王子の元に渡ってしまうとまずい。ムハマディエフ少尉が仰せの通り、王位継承と共に代々引き継がれてきた王剣を手にすれば、それは王子にとって強力な大義名分となる」
メクスワン六世はルワンを後継者に指名し、王剣ラプトラクルを託した。ルワンがそのことを公言し王剣を掲げて挙兵すれば、それはナピシムの人々にとっては大いに心を動かされる希望の光であり、この上なく強い求心力となるだろう。ルワンを旗印にした抵抗運動を危惧するチェンロップに、変身を解いて康繁の姿に戻ったトキソテスゼノクは言った。
「お案じ召されるな。チェンロップ卿。ルワン王子の居場所は既に分かっており申す」
挙兵などという大事を起こす前に始末してしまえばいいだけの話である。最後に残った懸念材料を取り除くため、彼らは直ちにルワンがいるヴィルット山へ刺客を送り込むことにした。
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