第21話 ラプナール城の血浴(5)

「どうやら勝負ありのようね」


 王宮の中庭での戦闘はパピリオゼノクの優勢で進んでいた。ゲッコーゼノクを華麗な剣術で追い詰めたパピリオゼノクは、いよいよ止めを刺そうと魔剣プラトゥムの刃を片手で撫でる。彼女の指先から攻撃魔法の光熱が伝播し、プラトゥムは眩しいレモン色の光を帯びて熱く燃え上がった。


「ハァッ!」


 気合と共にパピリオゼノクがプラトゥムを力強く振り下ろすと、その刃が纏っていた魔光が剣を離れて敵へ目掛けて飛んでゆく。巨大な光刀を叩きつけられ、爆発と共に庭園の芝生の上に倒れたゲッコーゼノクは変身を解除されて元の人間の姿へと戻った。


「サムライ……?」


 傷を負って倒れ込んだその若い男の身なりと顔を見て、パピリオゼノクが驚く。黒い袴を着て髷を結った瑞那のサムライ――確か、藤真の知り合いの室伏市蔵むろふしいちぞうという武士ではなかったか。


「カゲスケの他にもゼノクになれるサムライがいたなんて聞いてなかったわ。陛下にも隠し立てしていたわね」


 超人的な力を持つゼノクについては力に目覚め次第報告するようにと、メクスワン王はかねてから家臣たちに命じていた。それは傭兵であるサムライも例外ではなかったはずだが、恐るべき魔力を隠して仕えていた者がいるとなると主君の側からすれば大問題である。


「魔力に目覚めているのは俺だけではない。今頃は国王の前にも、俺たちの仲間がゼノクの姿となって推参しているだろう」


「何ですって……!?」


 その時、不意に大広間の方で爆発音が響いた。振り返って愕然とするパピリオゼノクの前で、市蔵はにやりと哂う。


「どうやら始まったようだな。国王の命は我らが頂戴した!」


「しまった……!」


 一瞬の躊躇の後、倒れている市蔵をその場に放置して飛び立ったパピリオゼノクは王宮の渡り廊下を高速で低空飛行し、急いで大広間へ戻った。部屋の扉は内側から施錠されていたが、彼女は人間離れした怪力で鍵を破壊しこじ開ける。


「結界が張られてる……?」


 開いた扉の奥に生成されていた半透明の光の壁に侵入を阻まれ、パピリオゼノクが歯噛みする。魔法で作られた分厚い結界の向こう側では二体のゼノクとサムライたちが逃げ惑う貴族らを次々と襲い、晩餐会を血の饗宴へと変えていた。


「きゃぁっ!」


 プラトゥムの斬撃で結界を破ろうとしたパピリオゼノクだったが、斬りつけた瞬間、結界の表面に迸っていた破壊魔法の電撃が体へ流れ込んで痛手を受ける。衝撃でゼノクの装甲が無数の粒子に分解され、変身が解けてラットリーの姿に戻り倒れ込んだ彼女は、ふと暗闇の奥からこちらに向けられている冷たい視線を感じて振り向いた。


「あなたは……!」


 闇に溶け入る黒いドレスと、氷のような銀色の長髪。廊下の向こうに立っていたのはつい昨夜、ゾフカール帝国の使者として国王と面会していたエフゲーニヤであった。


「臣従を拒めば武力で制圧すると警告したはずです。せっかくお贈りしたその言葉が軽んじられてしまったのは残念ですね」


 ウフフ、と小さく笑って、踵を返したエフゲーニヤは闇の中へと姿を消す。彼女を追おうとしたラットリーだったが次の瞬間、大広間の中から父であるジラユートの叫び声が聞こえてきた。


「……父上!」


 サムライの太刀で肩を斬りつけられ、傷を負って逃げようとするジラユートにトキソテスゼノクがゆっくりと迫る。右手の銃口を向けながら、トキソテスゼノクは非情の死刑宣告を彼に下した。


「王をそそのかし、我らを討とうと企てた愚かな宰相め。報いを受けるがいい!」


「ぐわぁっ!」


 トキソテスゼノクの右手の銃剣から発射された青い光の弾丸がジラユートの胸を貫通する。吐血して大広間の絨毯の上に倒れ込む父親の姿を、ラットリーは結界の壁越しに成す術もなくただ見ていることしか出来なかった。


「父上! 父上ぇっ!」


 大広間の奥では、腰に佩いていた剣を抜いて戦うメクスワン王とピムナレット王女を数人のサムライたちが取り囲み、壁際へと追い詰めている。この二人も討たれるのは時間の問題かと思われたが、メクスワンは次の瞬間、広い部屋全体に轟く絶叫と共に剣を一振りし、迫り来る敵を薙ぎ払った。


「うぉぉぉっ!!」


 メクスワンが持っているのはただの剣ではない。エメラルドのような青い宝石が埋め込まれた王剣ラプトラクル。遠い昔、神トゥリエルが王都ラプナールの守護者に授けたと伝えられる、この国の王位継承者の身分を証するものでもあるその聖なる剣で、王は襲いかかってくるサムライたちを次々と斬り伏せていった。


「チェンロップよ! 余と一騎打ちする覚悟がそちにあるか」


「な……何じゃと」


 凡庸な王だと甘く見積もっていた主君が土壇場で見せた予期せぬ気魄に、チェンロップは思わずたじろいだ。その隙にピムナレットが長剣を振りかざして斬りかかり、磨き抜かれた剣技でたちまち三人の敵を斬り倒す。


「役立たずめ。やはりナピシム人には、自国の王を斬るのは無理か」


 冷淡に言い放ったリベルラゼノクが指先から攻撃魔法の電撃を放ち、ピムナレットを感電させて床に昏倒させる。更にトキソテスゼノクは右手の銃口から光弾を発射し、メクスワンの胸を撃ち抜いた。


「うがっ……!」


「陛下ぁっ!」


 ラットリーが叫ぶ中、血を吐いたメクスワンは崩れて膝を折り、王剣を握り締めたまま赤い絨毯の上にうつ伏せに倒れ込んでそのまま動かなくなった。


「国王メクスワン六世は討ち取った。これでナピシムは我らサムライの国だ!」


 トキソテスゼノクが拳を突き上げ、配下のサムライたちも勝ち鬨を上げる。国王と王女以下、数十人の王族と貴族がまとめて暗殺され、パトムアクーン王朝は一夜、いやまさに一瞬の内に崩壊したのである。

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