第4話 人間とドッペルが楽しめるゲームとは?
人間とAIが共に楽しめるゲームとは何か、が今日の議題となった。真場を入れて輪を囲むようにして席に座る。
研究室の正面、ホワイトボードの隣に院生の
更にその隣、丹羽の背後では、席に腰掛けた陣間教授がニコニコとしながらお茶を啜っていた。
「この話をするためには、いくつかの前提を確かめないといけないと思う」
そう言ったのは
「例えば?」と真場が興味深げに首を傾げたので、
「例えばドッペルがゲームを楽しめるか、という点が気になります」と微笑みながら言う。
天上天下唯我独尊にして書記の長である丹羽が、〝前提:AIはゲームを楽しめるか?〟と書いた。誰かが唾を飲む。緊張が波となって伝わった。
「成る程ねえ。もしドッペルが楽しいと感じるとしたら、それはどんな要素だろうか、確かに不透明ね」
「いや……そもそもAIは楽しいとか感じるんでしょうか?」
ペンを置いて、丹羽は真場に訊く。すると威厳を感じさせる声を耳にしたからか、塩湖の右隣に座る学生が息を震わせた。
真場は答える。
「今の段階では、多分無理ね。だからゲームをやらせるに当たって、①ドッペルをアップデートするか、②ゲーム自体に楽しいという感覚そのものを
「①をすればバグが発生するのでは?」丹羽が反論した。
「そうね。ただでさえプログラムを組むのには時間やお金といったコストがかかるし、バグなんかが生まれて世界中で事件とか起きちゃったら大変だわ」
「プログラムくらいならここの皆でも組めるから考えなくて良いですよ」
「本当に!?」
真場と丹羽はうひょひょ、ケケケ、とそれぞれ悪い顔で不気味に笑い合った。塩湖たちは血の気が引くような思いで二人を見守るしかない。何故なら丹羽に立ち向かった者は例外なく〝良い子〟に教育されて帰ってくるからだ。良い子になりたくない。
「それと②についてですけど」
丹羽は更に突っ込みを入れる。
「それだと人間側にも影響ありませんか?」
「没入型だとそうな
八家はこくりと頷き、手を下げる。
「方法ならあるんですね」
丹羽は納得した様子で、二通りの方法をボードに追加した。研究室からは誰かの安堵の息が漏れる。左隣の学生が塩湖に耳打ちした。
「凄まじかったな、書記長と天才クリエイターのバトルは……」
塩湖はごくりと喉を鳴らした。
と、八家がおもむろに手を挙げる。丹羽が彼を指し、発言を許可した。
「前提として気になることがもう一つあります」
「ほう?」面白そうに、真場は目を細める。
「俺たちはAIの感覚についての理解が足らない、ってことです」
「どういうこと? AIに感覚はないって言うのが僕たちの共通理解だと思ってたけど」
塩湖は混乱した。八家はニヤリとして、
「身体的なものじゃなくて、思考的なもののことさ。確かに彼らに肉体はない。でも考える脳はあるんだ。なら、勉学や研究、思索に対する興味や面白いと思えるほどの知能は存在するんじゃないか?」
教室がざわついた。「静かにっ」と丹羽が鋭い調子で言う。一斉に口が閉じられた。
「凄いわねこのゼミ」真場があんぐりと口を開ける。
「ありがとうございます」丹羽は満足気に一礼する。
「それで……」
真場は困ったような笑みで、
「ドッペルは経験を蓄積するだけのデータ容量──つまり記憶が存在するし、学習意欲もあるから、可能性はあるわね」
「ただ──」
塩湖は思わず横から口を挟んでしまった。丹羽に不思議そうな眼差しを向けられたため萎縮しかけたが、寛容にも発言を許可されたので、息を整える。
「えーと、それでもドッペルに自意識があるかどうかは不明瞭だと、思います……」
言いながら、自信を失くしかけたことが、そのまま声量にも現れた。
「さっきも、ドッペルが完璧なコピーになり得るか微妙って言ってたわね」
と真場は頷く。
「なら、こうしましょう。AIの気分が味わえる装置を作ってくるから、また一週間後にここで集まる。オーケー?」
「あっ、そうか。人間側からAI側に近づけば、ドッペルたちがどんな気分なのかが分かるわけですね……」
これはそのためのアプローチなのだ、と塩湖は理解した。
「分かりました。皆さんもそれで良いですね?」
丹羽の声掛けに、「イエスサー!」と全員が叫んだ。
「良い子たちね」
慈母のような彼女の眼差しに、
「うん、そうね」
としか真場は言えないようだった。
※4
デジタルドラッグいう名称で、脳内麻薬を分泌させるプログラムが仕込まれたゲームも存在し、一部の地域では高値で取引されている。
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