外伝的な何か

国境警備隊の二人組が、その町を訪れた時、“彼女”は外に出られない状態だった…


人々に、医師・ディータとその弟のことを尋ねて回ったが、みな、答えは同じであった。

「ああ…先月くらいに来ていたような気がするが…アイナのところにいたんじゃなかったかな?」


それを聞き、二人はそのアイナなる人物のところへ向かおうとしたのだが、人々は、これまた口を揃えて同じ事を言った。

「彼女は錬金術師でしてね…うーん…聞きに行っても無駄かもしれませんよ」

人々は、それ以上は何も言わなかった。


「アイナという人物とは、一体…」

と疑問を口に出した時だった。

「アイナ?」

道を歩いていた一人の少女が振り返った。

ショートボブカットに、眼鏡をかけた、地味で大人しそうな雰囲気の少女だった。


「アイナに何か用ですか?」

多少警戒しながらも、少女は見慣れぬ二人組にそう声をかけた。

「私たちは隣国の警備隊の者なのですが」

と若い方の青年が怪しいものではない、という意味で身分証を見せながらそう言うと、少女は安心したように息をついた。

「…司令部からの人ではないのですね」

「私は、タイトと言います。それから、こちらがトリスです」

と自分たちを示し名乗ると、少女もノーラと言います、と名乗った。


「それで、先日こちらに訪問していたという医師・ディータについて聞いていたところ、アイナなる人物に聞いた方がいい、と言われまして」

なるほど、とノーラは頷いた。

「アイナのことでしたら私よりも」

と言いかけ、道を歩くもう一人の少女に目を止めた。

「丁度良い…ちょっと失礼します」

と、一言謝ってから

「エリサ」

と、その歩いていた少女を呼びとめる。


「あ、ノーラさん。お久しぶりです」

と、線の細そうな…これまた影の薄い眼鏡をかけた少女が近寄ってきた。

手に食料品などを持っている。買い物の帰りだろうか…。

「こちらは、紙人形の錬金術師で、エリサです。アイナと一緒に暮らしています」

ノーラがタイトたちにそう告げ、エリサに向き直って尋ねた。


「エリサ。隣国の警備隊たちがアイナのことを知りたがっているんだけれど…どうしてる?」

「アイナさん、ですか…」

エリサは、ため息一つついて、困ったように話した。


「アイナさん、近頃、珍しい書物を手に入れたって言って、その解読で忙しそうなんですよ…」

「珍しい書物?」

「はい、古代の錬金術師の手記で…偽者臭いけれど面白そうだって食事も取らずに解読してます。水だけは飲んでいるんですが…」

エリサは、そう言って深々とため息をついた。

ノーラも、ああ…、とため息をついた。


「アイナのことだもの…きっちり夜の1時前には寝るけれど、食事はどうでも良いって感じなんでしょう」

「はい、その通りです」

2人は、困った、とため息をついた。


「そんな感じで、アイナさんは、今、人と会えるような状態じゃありません。解読の邪魔したからって、無差別に後ろ向き感情を練成しかねません」

エリサがタイトたちに、すみません、と頭を下げた。

「アイナさんの練成は…何と言うか…危険なのです」


「それじゃぁ、あなたでも良いのですが、医師・ディータとその弟・アルノーについて知りませんか?」

その言葉に、エリサは首をひねった。

ノーラも、んーーー?と考えていたが、やがて二人揃って

「申し訳ありませんが…わかりません」

と答えた。


「そ…そんなはずはないでしょう。アイナなら知っていると、町の人たちが…」

多少、声に怒りが混じってきている。

隠している、と思われたのかもしれない。

2人は揃って、本当に申し訳なさそうな顔をした。

「私たちも、錬金術師でして…錬金術師というのは専門バカなんです。人の名前・顔は一つの情報として理解はするのですが…」

「自分たちの研究分野以外のことでは、その理解はすぐさま、記憶の奥へと埋もれていくんです…」

だから…と2人は、困ったような目をして、タイトを見つめた。

「つまり…アイナという人物においても同じ、と…」

タイトが、そう呟くように言うと、

「はい」

とそろって頷いた。


それまで一部始終を黙って聞いていたトリスは突然に笑い出した。

「な…なんですか、どうしたんですか。トリス」

タイトがうろたえたように尋ねると、トリスは2人の錬金術師に向かって言った。

「君たちは、今、幸せか」

その問いに、2人は、にっこりと笑い答えた。

「無論です」

「そうか…アイナという者も、そうなんだろうな…」

エリサとノーラは、はい、と答えた。


「まあ、最初からディータたちも言っていただろう、この町に緊急事態として呼ばれ、正規手順を踏まずに隣国に行ったが、その呼んだ相手は即座に自分たちの事など忘れているだろうから聞いても無駄だろう、と」

「確かに言っていましたが……」

「まあ、一応聞いておこう、少し前によそ者がここに来なかったか?」


よそ者…、と二人は何かを思い出そうとしていた。

「それともう一つ、君らは元・特殊軍人とかいうものか?」

「私とアイナがそうです」

とノーラが手を挙げた。


その時にエリサが、あ!と声を上げた。

「あ、の、もしかして、ノーラさん、あの時の。私が寝込んでた時の」

「あ!そういえば、旅人さん二人組が無断で関所超えてきたって」

あれのことかなー、ああ、うん、そういえば、と二人は頷きあっている。


その様子を見たトリスは、小さく笑った。

「そうか、それがわかればいい。邪魔をした」

そう言うと、きびすを返し、さっさともと来た道を戻っていった。

置いて行かれそうになったタイトは、とりあえず2人に礼をし、急ぎその後を追った。



アイナの家。

ノーラが、エリサと共に夕飯を作っていた。

「…おはようございます…おや、合成獣キメラのノーラ、久しぶりです」

ろくに食事を取っていなかったために、顔色を悪くしたアイナが、頭に垂兎たれうさを乗せた状態で、よたよたと部屋から出てきた。

「おはようって…もうすぐ夜よ、アイナ。解読終ったの?」

ノーラがそう尋ねると

「いえ…さすがにお腹がすきました…」

「そりゃぁ…3日も水だけですから」

エリサが呆れたように言う。


2人の作った夕飯を、もむもむと食べながら、アイナはノーラとエリサから、昼の話を聞いていた。

「ふぅん…隣国の医師・ディータさん…ですか…」

そして、んーーー?と首をかしげた。

「何だか、覚えがあるような…ないような…」

「ええ、多分、私が寝込んでた時の」

「運悪く、その時に来た旅人さん」

「でも、あまり覚えてませんね…」


首をかしげながら言うアイナに、ノーラもエリサもやっぱりね、と目を合わせる。

ま。いいか。

そうだよね、あの二人、もう帰っちゃったみたいだし。

結構早い段階で思い出しただけ、私たちにしては良い方よね。


まるで姉妹とも見える、似た雰囲気をまとった3人は、そう目で頷きあって食事をするのであった…




アイナの部屋の隅に積まれた、メモ帳代わりにされる紙の束から、ハラリ、と一枚が本棚の後ろへと落ちる…


それが、隣国の関所から、ディータたちが持ってきた書類の緊急事態に限り正規手続き不要の項目は、すでに撤廃されており、無効であるため、今一度、こちらの書類に必要事項を記入し提出するように、という内容のものだったことは、彼女たちにとって、もはや知る由もない…。




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