第9話 過去の傷と等価交換
たった2名に、訓練を受けてきた軍の人間十数人が、あっさりと…
「しかし、本当にすごいですね」
アイナの絶賛に、ディータは苦笑する。
「医者と言えども、国から国へ旅をするには、多少の荒事にも対処できなくてはならない事もあるからね」
「兄さんが無茶をしがちなので、止め時を見張る僕も、その手の事を身に付けなくてはならなかったし」
男は、ぎりぎりと歯を食いしばった。
「…アイナ、これは反抗か?軍に対する反逆か?それなら、君は罪に問われるんだぞ!いいのか!!」
男は、アイナに向かって怒鳴る。
アイナは、いつものように、きょとんとした目でそれを聞いている。
「そうだな、アイナ……この縄をほどいて、大人しく軍部に戻ってくるなら、反逆などなかったことにしてやろう。帳消しにしてやるから、司令部に来るんだ!!」
一瞬だけ、アイナの眉が動いた。
「ノーラ、錬金術師としては役立たずだったな…お前も内乱の後、罪を犯したよな」
「……あれは…軍が騙したんじゃないですか…猿だと言って…」
「ほほぉ、本当に猿だと思い、実験をしていたか?アイナの練成の結果、精神崩壊を起こした者を使っていたのを知り、合成獣(キメラ)の練成実験をしていただろうに」
ノーラは、唇をかみ締めたまま、うつむく。
軍服の男は、エリサをちらりと一瞥をした。
「ああ、そうだなアイナ、全ての元凶はお前だ。あの時、お前の所為で死んだ奴の体を使って作ったホムンクスルが、エリサだしな」
「ヒトの1.5倍の睡眠をとらなければ、ただのブヨブヨとした培養体に戻りますけれどね…でも、私は、アイナさんがいたから、生物として存在できているのですよ」
「アイナ、お前ら錬金術師が良くいう等価交換だ。お前のその罪は全部、帳消しにしてやる。もちろん、ノーラのもな。
エリサがヒト型でいられるような設備も作ってやる。
そいつらを引き渡し、そして、中央司令部に来い。人の道を踏み外した奴を拾ってやると言っているんだ、良い交換だろう?」
エリサとノーラは、どうするのか、とアイナを見つめた。
「ひどいな…」
ディータが眉をひそめ、アイナを気遣う視線をやった。
「それは…等価交換にはなりません…」
アイナが、小さく、けれど決然と、声を出した。
それと時を同じくして。
カサリ。
また、どこかの木の枝が音をたてた……
「ああ?何だと?」
軍服の男は、目の前にいる、地味な少女を睨みつけた。
気弱な態度のアイナは、それでも、精一杯、体の震えを止めながら、なおも続けた。
「人の道を踏み外した…確かにそうですが…じゃぁ、あの時、司令部が私にしたことは、人の道に沿っていたのですか…?」
うつむきそうになるのをこらえ、必死に言葉を続けるアイナ。
「円は力の循環。その力の流れを理解し、構築するのが錬金術。構築式は円形に描き、その流れを受け入れ、創造する…
だから、練成陣も構築式もなしに練成をしている私は、”おかしい”、ってことなんですよ…」
そう、ノーラは確かに、そのことを不思議がっていた。
アイナの本当の恐ろしいところは、そこだと思っていた。
「……マイナス感情練成に関して言えば、私自身が構築式であって練成陣なんですよ…」
と言いながら、アイナは、軍服の上着を脱いで見せた。
見えている肌の部分には、びっしりと、刺青…よく見ると、構築式というのがわかる。
おそらくシャツで見えない部分も、構築式が、刺青として彫られているのだろう。
それは確かに円形になっているようだった…
「…麻酔を打たれて目が覚めたら、こうなってました」
上着を着つつ、アイナが言う。
男は、眉一つ動かさなかった。
「アイナさんは、自分の練成を止める何かが欲しくて、ホムンクスルの錬金術師に、自分の情報を練りこんだホムンクスルを作ってくれるように頼んだそうです。
その時、できあがったのは私です。私を作ってくれたその錬金術師さんは、事実を知って司令部から逃げようとしましたが、それきり行方がわかりません」
エリサが、たんたんと続けて説明した。
ああ、そういえば、アイナに、エリサと血のつながりがあるのか、と尋ねた時に、酷く曖昧な返答をされ答えを濁らせていたな、とディータは思い出していた。
「人間兵器…ね。確かに。軍が君をそういう風に作り変えた」
「でも…私たちは兵器じゃありません…錬金術師であって、それ以上でも、それ以下でもないんです…」
アイナは、またも喉に貼り付きそうになる言葉を、必死でしゃべった。
「…あなたに、私の罪を帳消しにしてもらったところで、私の痛みは消えません。人を殺してしまった事実も変わりません。
あなたのその交換条件では、私にとって、何も得るものがないんです…罪を許す、許さないって、あなたは、そんなに偉くない!!」
アイナは、何度も息を吸ったり吐いたりし、懸命に続けた。
「等価交換の材料は、私が提示します…」
そして、震えながらも、男に向かってはっきりと言った。
「錬金術の練成過程は、大きく分けて、3段階です。
理解・分解・再構築……
このうちの、分解の段階で止めたらどうなるのか、実験してみたいんです。あなたが、その実験台になってくれるのであれば、私は司令部に行きます」
感情を分解しそこで止める…
それは、どう考えても廃人になる姿しか思い浮かばない…。
冷めきった目をしたノーラも口を開いた。
「そうね…それで、もし精神的に元に戻らないようだったら、私にその体を頂戴。他のものへと作り変えるから」
顔色を変えた男を見、エリサも頷いた。
「もしも、体の部品が余ったら、私にその部品を下さい。人間の構成部分が増える事で長く睡眠時間を取る必要もなくなるかもしれませんので」
アイナは、しっかりと男を見据え大声で怒鳴った。
「これが私たちから見た等価交換です!」
怒鳴ったところで、気弱な声が裏返っていたので、迫力も何もない…
ディータとアルノーの横で、ノーラとエリサがにんまりと笑った
「そうとう、怒ってるね…でも、私たちにとっても、いい条件だね」
「はい…軍部へは、いい薬になります」
「わ…わかった。条件を飲もう、今は、とにかく司令部に行くことを…」
と、言う男をさえぎり、アイナは
「いいえ、”今”、です。軍の口約束はあてになりません…」
と、片手を、すっと胸の高さまで軽く上げた。
バチッ
と静電気に似た音がする。
「…練成…」
ノーラが、緊張したような声を出す。
「は…早く、練成陣へ」
エリサが、オロオロとした声で二人へと告げる。
「や…やめろ…」
アイナは、その上げた手を、グヮッっと、男へと突き出した。
ドン!
と、いう音がする。
「ひぃぃぃぃ!!!!」
情けない声を出して、男はしりもちをついた。
アイナの手は、途中で止まっている…。
男はディータに殴り飛ばされていた。
「あれで十分でしょう」
アルノーが、アイナの肩に手を置き言った言葉で、静かにその手を下ろした。
「…それに、君は、その手を、本気であいつに向ける気はなかっただろ?」
ディータが優しく言う。
さぁ、どうでしょうね…とアイナは、首をかしげた。
いつもの、自身のなさそうな表情と態度だった……
「それにしても、よく、とっさに、あんな交換条件だせたな。一瞬本気かと思っよ」
アルノーが、呆れたような、感心したような声を出す。
「え…?」
「あ…」
「あー……」
錬金術師3人は、ぎくりとした表情で同時に声を出した。
「ははは…も…もちろん冗談ですとも…ははは」
それを聞いて、兄弟は
“本気だったんだ…”
“ああ、本気だったんだな…”
と、表情をなくした…。
カサリ。
と音がしたと思うと、木の上から、ポテっとアルノーの上に何かが落ちてきた。
「何だ、これ?」
と、それを手にとって見る…エリサが
「あ…
と、呟いた。
「これがか!!!」
なんともあっけない…
「どこに行ってたの?
と、アイナが尋ねると、その動物は何やら、スースーと息を吐いた。
「…軍の連中に捕まって、隙を見て逃げ出して…迷ったから酒蔵で過ごしてた?
で、そこから出てきて、昨日からここで日向ぼっこしてた、ですって」
と、ノーラが、通訳(?)する。
声もなくみなが呆れる中で、アイナだけが
「まったく、すぐに迷うんだから、君は…心配したんですよ」
ふわふわと笑っていた……
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