第8話 招かれざる者たち
特殊コーティングのパワーアップ・ヴァージョン(超小型化に成功版)の紙人形、その効果は絶大なものだった。
「で?俺たちに頼みたいこと、というのは?」
ディータの言葉に、はい…と、相変わらず気弱そうな態度のアイナは少し考えてから
「あの…できたら、でいいのですが……午後2時くらいになったら私のところに来る、コレと同じような制服を来た人たちの紙人形を取り上げて欲しいんです」
と、自分の着ている制服を示しながら言った。
「それだけなのか?」
「はい…とりあえずは」
と、にっこりと笑った。
時間は午前11時半…
アイナの家へと移動してみると、エリサは、まだ練成陣の横で座り込んで休んでいる。
「…エリサ、紙人形のエリサ」
アイナが揺さぶるが、
「秋の日のバイオリン…」
と、意味不明な言葉を呟くだけである。
「…寝てますね…」
「寝てるね」
錬金術師2人は、やれやれ、と肩をすくめ、あと30分くらいかなぁ…と、ため息をついた。
「起こさないのか…?」
アルノーが尋ねると
「うーん…エリサは…」
と、ノーラは口ごもる。
「この子は、人の1.5倍の睡眠時間を取らないと、ヒトの形を保っていられないんですよ」
アイナは事も無げに続けた。
「ヒトの形…?」
アルノーが聞き返した時だった。
数人の硬い靴音が聞こえてきた。
まさか…
アイナは、時計を振り仰ぐと、針は12時を示している。
「そんな! 2時間も早い!!」
ノーラが悲鳴のような声を上げた。
そして、ドアを叩く音が響く。
「…ノーラ。隣の部屋にこれと同じ練成陣を、描いてくださいませんか?紙人形があるとはいえ、念のために」
「わかった」
震える声だが、それ以外はいつもと変わらぬアイナに、ノーラは頷いて見せた。
「そこで少し待機しててくださいね」
アイナは小声で言い、玄関口のドアへと向き直った。
再び、ドアを叩く音。
「待ってください、今、開けますから」
アイナにしては、大きな声で、ノックに答えた。
どこかの木が、カサリ、と音を立てたが、誰の耳にも入っていなかった……
「まだ、時間はあったように思いましたが」
ドアを開け、その軍服の男たちを認めたのち、アイナは、うつむきながら言った。
「君が逃げていないか、どうか見に来たのだよ。それで?支度は? 軍服を着ているくらいだから、できているのだろうな」
「……いいえ、まだです」
呟くような小さな声で、アイナは告げた。
「そうか…では、支度ができるまでここで待たせてもらう!」
威圧的な声に、アイナは思わずビクリと縮ませた。
「い…行く気はありません。この軍服は…あなた方に会うための礼儀と思って…」
小さな声だが、それでも、精一杯に反抗を示す。
「何故だね。ここにいるよりは、よっぽど良いと思うが」
アイナは唇をかみしめうつむく。言いたい言葉は、アイナの喉のあたりでへばりつき、口に出されることはない。
「行く気があろうとなかろうと、拘束してでも連れて行く、と言っておいたはずだ」
と、男が片手を上げ、後ろの部下たちに合図を送ろうとした時だった。
煙が流れてきた。
「うわっ!? 何だ!?」
驚いている彼らを余所に、アイナの家の脇から声が聞こえた。
「うん、煙を発生させてそれに紛れてアイナを連れて逃げるのは無理だな」
「兄さん、最初から無謀だよって僕もノーラも止めたよね」
「やってみなきゃわからないだろう」
「やっても無理だったし、もう彼らに見つかってるし」
アルノーは本気で頭を抱えていた。
「…あれは?」
胡乱げな視線でディータとアルノーを見やった軍の人間にアイナはため息をつきつつ答えた。
「旅の人たちです」
「ああ、誤って君の練成の餌食になったという…。」
という言葉に被せて、一人の軍人が声を上げた。
「あ!!こいつら関所破りの二人です! 手配書で回ってきています!!!」
「なに?本当か?……そうか、お手柄だったな、アイナ」
「?」
「あいつらに、マイナス感情の練成をし、動けなくさせて、軍に渡すつもりだったんだな、良い手土産だ」
アイナは、とんでもない!!と目を見開いて首を振った。
だいたい、関所破りだなんて知らなかった。
「やっぱり、関所を迂回してしまってたんだよ」
「不法侵入するつもりは毛頭なかったんだがなあ」
兄弟たちは、やってしまったなあ、と困ったように眉を下げている。
「よし!捕獲しろ!!」
という言葉に
「や…止めてください!!!!」
というアイナの言葉が重なった。
十人近くの部下たちがソードを手に、一斉にアイナの家の横へと向かう。
アイナもノーラも、一瞬で捕らえられてしまうだろう彼らを想像し、息を飲んだ…
だが。
「じゃあ、まあ、やり方を変えるだけだよな」
と軍の司令官の頸動脈に大きなナイフを突きつけているディータは楽し気に笑いながら言った。
「はーい、君たち、この偉そうな人が傷つけられたり、あまつさえ命取られたりされたくなかったら、おとなしくしておいてねー」
アイナとは別の意味で緊張感のない、にこやかな顔と声でディータはぐるりと周囲を見渡した。
アルノーは、その間に素早く軍人たちの武器を奪っている。
「わーー、お二人ともすごいー」
アイナは、一人で小さく手を叩き喜んでいた。
「何やってるの、三人とも手伝ってよ」
アルノーの言葉に、言われてみれば、と錬金術師たちは軍人たちを縛り上げていった。
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