第6話 会話は踊る、されど進まず
「今度こそ、起きましたか?」
「起き抜けに、胸倉掴まれてガクガクと揺すられたら、誰だって目を回しますよ、アイナさん」
エリサは、額を押さえながら答えた。
「それについての謝罪は後でします。時間が無いんです」
アイナは、エリサに、一週間眠り続けていたこと、その間、紙人形の効力が次々と落ちていっていること。ディータとアルノーに、弱体錬金の影響を及ぼしてしまったこと、などを話した。
「つまり…私は全身全霊を傾けて、練成しまくらなくてはならないんですね」
ふむふむ、とエリサは納得をしているが、アイナは表情を硬くして、首を振った。
「いや…今はその時間が無いかもしれません…
司令部の人たちが来ました…今回ばかりは、どんな言い訳も通じそうがありません。拘束してでも連れて行くそうです」
アイナの言葉に、エリサも本格的に目が覚めた表情をした。
「……アイナさん…」
「だれが戻るものですか…私も、君も……もう、まっぴらです」
ノーラの「軍部はしつこい」という言葉に兄弟は顔を見合わせた。
「軍は何のために、こんな事を」
「……内乱時のアイナのことはご存知なのですね?」
「反乱軍を無血で鎮めた、ということくらいだったら」
その言葉を聞き、ノーラは、はい、と頷いた。
「鎮めたことは鎮めました…問題は、その後です」
ノーラは、わずかに眉をしかめた。
「内部反乱軍のおよそ7割が、精神崩壊を起こし、この世を去っていきました…自ら命を絶つという形で。集団自決に近いものがあり、結構、嫌な風景でしたよ……。
アイナは、それを見て自らも壊れかけました」
「……」
あの、のほほ~ん、とした地味な風貌からは予想だにしなかった事実を知り、黙り込んだ。
ノーラは、続ける。
「軍部は今でも彼女を利用したがっています。あの練成があれば、無駄な戦いをせずに敵を捕らえることができますからね。仮に相手が死んだとしても、自分たちの所為ではない」
「アイナは、それを嫌がっているんだな」
ディータの言葉に、ノーラは頷いた。
「当然ですよ。人間兵器と呼ばれてたけど、そんなものになりたいわけ、ないじゃないですか」
「それにしても詳しいね」
その言葉に、ノーラは、苦々しげに笑った。
「はい、私も、あの頃、司令部にいましたから…」
「いた…ってことは、辞めたの?」
「はい、向こうで本に埋もれて…
そう、あんなに本に埋もれていたことは、生涯であの時くらいでしょう…幸せな気分で仕事をしていたのですが…」
今以上か!?
どんな量だ!!
二人はそういう思いを表情に出していたが、ノーラは気が付いていなかった。
「特殊軍人である錬金術師の紋章をもらったために、国立図書館から本を借り放題という嬉しさで、仕事中だというのに本ばかり読んでいたので、役立たず!と言われてしまい…」
はぁぁぁ、とノーラは、ため息をつきながらそう言った。
「あぁ~~、私ってば、錬金術師としてもまったくダメダメで、本が好きということ以外は、何をやっても鈍くさくて…
そう、ダメ人間なんです、役立たずなんです」
アイナの練成がなくても、ノーラは簡単にマイナス感情を作れるらしい。
おいおい、大丈夫か、この人…と、アルノーは眉をひそめている。
「あー、それで、その仕事って…錬金術?」
それを制するようにディータは口をはさんだ。
「……ええ…一応……」
歯切れの悪い言い方をし、ついっと目をそらす。軍で何かあったことは、誰が見ても一目瞭然だ。
「そこで、何かあったんだな」
ディータがそう言うと、ノーラは、少しだけ笑って答えた。
「…何といいますか…私たち錬金術師は、基本的に専門バカだから…錬金術の事だけを考えていれば、それで幸せだと…思っていたんです」
答えにならない事を言ったノーラは、切り替えるように口調を明るいものへと変えた。
「…さて、皆さんは、アイナのところに戻りますか?
向こうに戻ると、また、やりきれない感情が出てくると思いますが…良かったら、うちへ泊まっていきますか?」
ここか?
二人は、引きつった顔で、本の山と化している家の中を見た。
ノーラは、やだなぁ、片付けますよ、とは言ったが……片付けられるのか、これ……、
しかし、アイナの家に行き、また、あの動くことすら止めたくなるような暗い感情になるよりはマシだろう、という結論に達し、3人がかりで本を片付ける事となった。
「そういえば、さっき言ってた特殊軍人である錬金術師の紋章というのは?」
ディータの問いに、ああ、はい、とノーラは玄関のドアを指さした。
「ドアのところに、二匹の蛇がお互いのしっぽに食いつきながら剣にまとわりついている印がありましたでしょう。あれです。あれが身分証明書みたいなものだったんですよ」
「ああ、確かにアイナのところにもあったな……」
「もう外してしまった方がいいんですけれどもね…。つい飾ってしまっています」
数刻かけて片付けを終え、二人はやっと安心して休むことができたのだった。
二人が寝入ったのを見てノーラはアイナのところへ電信通話をすることにした。
「アイナ」
「おや、
「お久しぶり、というほどでもないわね。あの旅行者2人は、うちに泊めているから」
「ああ、確かに私の傍にいるより安全ですね。それを伝えるために。…ありがとうございます」
通話機の向こうで、おそらく深々と頭を下げているであろうアイナの姿が見なくても目に浮かぶ…ノーラは思わず笑った。
「紙人形のエレナは?」
「起きましたよ。でも今は、また寝てます」
「よく寝る奴だね」
「……しかたありません、そうプログラミングされてますから……」
その言葉に、二人は同時に暗い影を、顔に落としていた。
ノーラは、一つ、ため息をつき、話題を変えた。
「アイナ、
「ああ、はい、実は…」
「…聞いたわ、いなくなってることは」
「そうですか。本当に、どこへ行っているのか…」
困ったものですよ、と笑い声で言うアイナに、ノーラはまじめな顔で尋ねた。
「エリサの薬を、わざとああいう処方させたのは軍部よ」
それを聞いても、アイナは、そうですか…と、微笑を含んだ声で呟いただけだった。
「
うーん…と、アイナは唸り、少し間を置いてから口を開いた。
「可能性の一つではありますが、それが『解』と決まったわけではありません。それに…」
「それに?」
「昼に来ましたよ、彼らは。明日の2時に、無理やりにでも連れて行くそうです。
だとしたら、
「切り札か何かに取っておくつもりかも」
「切り札でしたら、エリサの方が有益です」
ノーラは、再びため息をついた。
「じゃぁ、
アイナは、さぁ、と笑い声で答えた。
おそらく、肩をすくめて答えているだろう。
「離れるつもりは、毛頭ありませんよ。
「…アイナ…あなた、何考えているの…」
その言葉に、アイナは、えへへ、と笑う。
「いやぁ、明日、どうやって逃げようかなぁ、って」
その答えを聞いて、ノーラは、思わず笑っていた。
「でも、実際にどうするつもりなの?」
「どうしましょうね…本当に。いざとなったら穴を掘って逃げますよ」
「アイナ、あんた普通に考えて明日の2時までに逃げるためのトンネルなんか掘れないわよ。ただでさえ、あなたは体力ないんだし」
「え?そうですか、私は、こう見えて持続力が…」
「ないから、そんなのゼロだから、というか、あなた徹夜など出来ないでしょ、そういうのは何か月も、いや何年もかけて準備しておくものだから」
埒が明かない会話を繰り返したのだった……。
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