第5話 合成獣(キメラ)の錬金術師

次にディータたちが向かったのはアイナが言っていた垂兎たれうさを作ったという錬金術師の家だった。

その家のドアをノックしてみたが、何の返事もない。

…この家のドアにも、剣に絡まる2匹の蛇の紋章がある。


「留守なのか…?」

とディータは言うが、玄関に明かりは灯っている。

「…いると思うけど…」

アルノーがそう言いながら、ドアを押すと、簡単に開いた。

中は本の山…


「何だ…こりゃぁ…」

「いや、なに、これ……」


二人とも呆れたような声が出た。


無理も無い。

図書館の書庫のような本の数だ。

それが崩れた形で散らばっている。

その本の雪崩の一角から、か細くも情けない声が聞こえてきた。


「…誰かぁ…助けてぇ~…」


「…誰かいる!!! 本を掘れ!!!」


果たして本は掘るものだったろうか……?

そんな思いがちらりとよぎったが、助けを求めているのだから、緊急事態ではあるのだろう。

本雪崩を懸命に掘ってみると、一人の女性が出てきた。

眼鏡をかけた、ショートボブの女性…

雰囲気は、アイナによく似ている。いや、アイナよりは少し年上だろうか。


「あああ、ありがとうございました。本の整理をしていたら、うっかり崩れた本の下敷きになってしまって…」


気弱そうな声まで似ている。

「君は…アイナの姉さんか?」

ディータの問いに、その女性…ノーラは、笑った。


「血の繋りはありませんよ。似てないでしょ?」

「いいや、そっくりだよ!」

アルノーが右手を振りながらそう答えた。

「ねえ錬金術師って、皆こんな感じなの?」

「こんなって…」

ノーラが聞き返す。

「アイナみたいなのしかいないのか、ってことだよ」

アルノーのその言葉に、ノーラは、心外です、と言った。

「一緒にしないで下さい」

いや、似てるし…、アルノーは目だけでそう告げていた。

「…似てないですよ、私たちは。でも、同じ羽の鳥は集まるっていうか…類は友を呼ぶって言うか…あれ?」

まあ、いいか、とノーラはそれについて考え込むのを放棄した。


「それで、アイナを知っているってことは、彼女のところからきたんですか?」

「ああ、聞きたいことがあって…」

ディータは、手短に今までのことを説明した。


「……それは災難でしたね…そうですか、垂兎たれうさのことで…」

ノーラは、本をずいっと寄せて、3人が座れるだけの空間を作りながらそう言った。

そして、アイナのところでも見た練成陣を、チョークで急いで書いた。


「お茶でも出しますね」

「いや、いい、遠慮しておく」

ノーラの言葉に、兄弟は声をそろえて遠慮する。

お茶を取りに行き、また本が崩れ、その下じきなるであろうことは容易に想像できた。

「そうですか?」

ノーラは、自分でも本が崩れると思ったようで、素直にその言葉に従い、垂兎たれうさ…と少し考えこんだ。


「確かに、私が練成したものですが…さすがに、どこにいるか、までは…。

 それに、あの生物はアイナやエリサと一緒にいたから、練成できたようなものなんですよね。あの二人が一緒にいると、なぜか予期せぬ結果が生まれることが多いんですよ…二人とも無に近いから……」

「二人のおかげ…?」

ディータの言葉に、ノーラは、どう言ったらよいのでしょう…と、またも少し考え込んだ。


「錬金術というのは…科学やら物理やらと同類の定義を使っていますが本来は、"モノが在る、モノが成る"という過程や結果を考察する、哲学みたいなものなんですよ。

 アイナの、あの人を欝状態というか、ヘタレ状態というか…精神弱体状態にする錬金術は、普通なら、ダメ人間に思え座り込むだけなのですが、その無の状態から何かが成ることもあるんですよ。

 …錬金術では、ですけれどもね」


そして足元に描いた円形の陣へと視線を移した。

「それに錬金術は……うーん…錬成陣って円形に式を描くんですけれども、円は力の循環なんです。円形に練成陣を描くことで、力の発動が可能になります。

 その力の流れを理解し、構築するのが錬金術です」


なるほど…ディータは、頷いた。

「つまり、あのアイナの練成は、人にとって害かもしれないけれど錬金術師にとっては可能性が多大にある有益なもの、ということか」

ノーラは、にっこりと笑った。

「普通の人にも、アイナは有益ですよ。頼まれたら、いろんなものを練成しちゃいますから。そこいら辺の野草からお薬とか。あと壊れた工具の修理とか」


確かにな、とディータは先ほどのエリサの薬の成分を、雑草や、台所の食品から練成したことを思い出していた。


「まあ、アイナの怖いところは、練成式も、循環の輪もなく、あの感情を練成してしまっている、というところなんですけれどもね」


ノーラは、聞こえない程度の声でそう付け足していた。

「それにしても軍部はしつこいですねえ……」

困ったものだ、と今度は聞こえる程度の声でため息をつきつつ嘆いた。



その頃。

アイナの家では、エリサが目を開けていた。


「あ……起きましたか、紙人形の」

エリサは、まだ完全に覚めていない目でアイナを見て、そして

「…私の耳は貝の耳……」

と呟き、また目を閉じようとした。

「……海の響きでも懐かしんでるのですか?」

とアイナは、首をひねったが、はっと我に返った。


「あーーーーー!!寝ないで下さい。寝ないで下さい!!

 いつもだったら、もうちょっと寝てても良いよって言いますけれど、今日ばかりは起きてください。

 起きないと、うじゅるうじゅるとした、得体の知れない代物を、君の背中に入れますよ!!!」

胸倉を掴み、力いっぱい、揺さぶる。

エリサは、きゅーーーーー、と目を回し、かくん、と倒れていく。

「あああー。起きてください、起きてください、起きてくださいってばあ!!!」



アイナ、気が付け。

君の所為でエリサは目を回していると言うことに……。


困ったことに、そのようにツッコミをしてくれる存在は、今は誰もいなかった。



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