第3話 紙人形の錬金術師

アイナのところへ、軍服の男たちが尋ねて来ていた頃。

ディータとアルノーは、町を歩きながら垂兎たれうさとやらを探していた。

「町の人たちも、ここ1週間ほど、垂兎たれうさを見かけていない、と…」

アイナの姿が見えなくなると、人々も道に姿を見せ始めていた。そこで、とりあえず片っ端から聞いて回ってみたのだ。


ふと、思いついたようにアルノーがディータを呼び止めた。

「兄さん、医学の心得あるんだから、アイナの同居人を診察してみたら? この町の医者では気が付かない事を見つけられるかもよ」

「ああ、なるほど、そうだな。別の治癒方法を提示できるかもしれないしな。アルノー、お前一人で大丈夫か?」

「まあ、何とかなるんじゃないかな……アイナの傍にいなければ、それなりに何とかなりそうだし…」

そうだよなあ、とディータも苦笑した。

防御策がある通常時なら、アイナが近くにいても平気なのだろうが、今はそうではない。

だから、アイナには悪いが敬遠してしまう、町の人々もそうなのだろう。

「じゃあ、俺はいったん戻る」

「うん、頑張らないように頑張って」

奇妙な励ましをもらい、ディータはアイナの家へと戻って行った。


アイナは、暗い顔で自室へ戻っていた。

先ほどの話を忘れるかのように、頭をぶるっと振り、再び理論の組み立てを始めた。

ドアノックが聞こえる。


ビクリとして顔を上げるが、小さく、弱いノックで、先ほどの人物たちでは無いことを知った。

「はい…?」

「俺だ、ディータだ」

「どうしたんですか?具合でも悪くなったのですか?」


アイナは、あわてて、それでも、慎重に、練成陣を壊さぬようにディータを中に入れた。

「君の同居人を診察させてもらおうと思って戻ってきた。これでも医学の心得があってな。医者に診てもらっているのだろうけれど、別のアプローチ方法が見つかるかもしれないだろう」


その言葉に、アイナは、パっと顔を明るくした。

「ほ…本当ですか?お医者さん、私を怖がって、一度診察に来てくれただけだったので、薬しか飲ませていないんですよ。詳しい診察もしてもらえなかったし」

そう言い、アイナは、その人物の寝ている部屋のドアを開けた。

ディータもそのあとに続いていく。


「……この人が?」

「はい、紙人形の錬金術師、エリサです」

「……妹?」

「いえ、血の繋がりは…うーん…とにかく妹ではありません」


ディータが妹か?と尋ねるくらい、よく似た雰囲気の少女が、すやすやとベッドに横たわっていた。

アイナが、少々くせのあるぼさぼさの髪であるのに対し、こちらは、細めのくせなしの髪である。

ベッド横には眼鏡も置いてあるので、この少女も普段は眼鏡をかけていることがわかる。

顔色が悪いが、これは病気の所為などではなく、元来こういう顔色なのだ、と瞬時に見て取った。

「……?」

おかしい。

悪いところは、どこにもない。


「アイナ、この人の飲んでいる薬、見せてもらえるか?」

ディータのために、部屋から出て行っていたアイナに、声をかけると

「ベッドの横にあるのがそうです」

と声が返ってきたので、それを手に取ってみる。


「これは……!?」


ディータが何やら難しい顔をしながらダイニングへと行くと、アイナは、親指の爪を噛みながら、何かを考え込んでいた。


「アイナ?」

「あ、ごめんなさい。何かわかりました?」

とディータに向き直った。

そして、後ろ向きな感情が出てこないように、と練成陣へ入れる。


「アイナ。あの薬は、医者で処方してもらっているんだよな」

その問いに、アイナは、はい、と頷いた。

「この薬はな、人を混迷状態にさせておく薬だ。エリサが目が覚めないのは、その所為だよ」

難しい顔をしたままディータは言うが、その言葉に、アイナは、きょとんとした顔だった。

「だから、この薬を処方した医者の所為でエリサは目を覚まさないんだ」

少しばかりイライラした声になっているディータに、アイナは

「そうですか、先生が間違えたのでしょう」

と、にっこりと笑った。


間違えるレベルではないと思うんだがな………。

ディータは信じられないような目で、アイナを見たが、彼女はにっこりと笑ったまま、続けた。

「それを緩和するお薬って作れますか?」

「え…?あ…ああ。でも、材料が…」

アイナは、更に笑った。

「言ってください。用意します」

「そんなにすぐに用意できるのか?」

アイナは、その時、初めて…それでも頼りなげではあったが…今まで見た中では、一番、自信ありげな表情をした。

「無ければ、他のものから練成するまでです…専門が精神的錬金術だから、工学系の錬金術は全く出来ませんが、植物学系統のものなら多少できます」

ディータは、やっとアイナが特殊軍人となれるほどの知識の錬金術師であることを思い知った。


ディータは薬を急いで調合しエリサに飲ませた。

「あと、2~3時間もすれば、目が覚めることだろう」

「そうですか……ありがとうございます。私はちょっと出かけてきます」

「どこへ行くんだ?」

「……垂兎たれうさを作ってくれた、合成獣キメラの錬金術師のところへ行ってこようかと…。もしかしたら、何かヒントになるようなことを知っているかもしれないし…」

「あー、ちょっと待って、アイナ。君が外に出ると、他の人たちが…。それに、エリサが目を覚ました時、君がいた方がいいんじゃないか?」

「そうなんですよねぇ…でも、今はじっとしているよりも、何かをしていたい気分なんですよ…」

と困ったように笑う。


「その錬金術師のところには俺が行って来ようか?」

「…そうですか?では、場所ですが…」

アイナに、その合成獣キメラの錬金術師・ノーラの家を教えてもらった。


アイナは、医者に処方された薬を見て、首をかしげた。

「おかしいなぁ…どうして、先生、間違えたんだろう…」

……

ん?

エリサが寝たきりになったのは一週間前…

垂兎たれうさがいなくなったのも、一週間前…

「へー、すごい偶然」

のんきにもそんなふうに呟いていた。




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