第2話 訪問者


その硬い靴音が近づいて来ていることにすら、アイナはまったく気が付かずに、方式を組み立てていた。


…この理論は、以前に使ったが、全く役に立たなかった…

ならば…これを逆に遡って…いや、だめだ。

それでは、ただの分解になってしまう…


ドアを叩く音がする。


それでも、まだ彼女は気がついていなかった。

2度、3度とドアを叩く音は大きくなる。

そこで、アイナはようやく、誰か、訪問客がいることを知った。

誰か、だと?

彼女は、一瞬にして顔を青ざめさせる。

ここに来る訪問客など、ほとんどいない。

ドアの叩き方からして、あまり好ましい相手ではない。


居留守を使うか?

……いや、島の人々が外に出歩いているのを見たのだとしたら、居留守は通用しない。

アイナが外にいないからこそ、彼らは外に出られるのだから。

4度目の、大きなノックが響く。


「アイナ、そこにいるのだろう」


よく通る声が彼女の名を呼ぶ。

アイナは束ねていた髪を下ろし、ため息をつきながらドアを開けた。


ドアの外に並んだ数名の人物たちは、一様に軍服を着た政府直属の軍隊の人々だった。

首からは特殊コーティングを施された紙人形が下げられている。

アイナの同居人が、命を削るのか?というほど力を込め練成した、対アイナの強力バージョンだ。


「何故すぐに出てこないのだね」

そう言われ、アイナは、ただ黙って頭を下げた。

「まあ、いい、支度をしたまえ。出発する」

その言葉に、アイナはただ目を伏せた。


「なんだね、まだここでグズグズする理由があるとでもいうのかね」

「あの…人形のが、病気でして…」

「知っている。彼女ごと一緒に来ればよいだろう」

「それに…あの…垂兎たれうさも…行方不明でして…」

「それも知っている。こちらでなんとかする」

「それから…旅の人たちを、治してあげなくては…」


最後の言葉に、軍服の男は、方眉を吊り上げ、どういうことだね、という表情をする。

「あの…紙人形の効力が落ちているところに、この町きた旅人さんが私の錬成に巻き込まれまして…」

うつむいたまま、そう答えるアイナに、男は冷ややかな目を向けた。

「知らずにとはいえ、勝手に君に近寄ってきたのだろう。旅人とな…?放っておけばいいだろう。時間がかかっても直に戻る」

その言葉に、アイナは、そんな…という表情で顔を上げた。

「だ…だめです…いま、人形のが寝たきりなんです。垂兎たれうさもいない状況で、私の側にきたのだから…」


気弱な声ながらも、一気にそこまで言うと、アイナはまたうつむいた。


軍服の男は、イライラとしながら、目の前の地味な少女を見下ろした。

上からの命令だ。この少女を、軍施設へ連れて行かねばならぬ。

この「人間兵器」と呼ばれた錬金術師を…。

素直について来るように見えたこの少女は、再三の招集礼状を無視してくれた。こうして、直に呼びに来るのも数度目だ。

その都度、この少女は、あれこれと言い訳をし、ついてこようとしなかった。意外にもがんこである。


この島には、確かに他の錬金術師もいる。

だから、自分の研究の励みになるというのはわかる。

いろいろな情報の交換も、書物の貸し借りも容易にできる。専門的な話もできるだろう。

しかし…


この少女の場合、周囲の人間のやる気をそぎ落とし、動けなくなるほどのマイナス感情を作り出す。

垂兎たれうさと呼ばれる生物や、紙人形の錬金術師がいたところで、普通の人々との交流や、他の錬金術師との交流が盛んではない。

敬遠されていることは知っている。

ならば、設備の整った軍に来て、研究に没頭した方が良いのではないか?

それに、この錬金術師は軍にとって利用のしがいがある。

何を渋っているのだろう…。


何を考えているのか、その、ぼーっとした表情からは何も伺えない。


「とにかく」

男は、殊更、強く言った。

「今すぐでは準備が間に合わないと言うのであれば、明日まで待つ。荷をまとめて置くように」

この少女は、こちらが強く出れば従うに違いない。男はそう踏んでいた。


アイナは、驚いた顔で男を見上げる。

「何だ?文句でもあるのかね?」

視線を泳がせ、泣きそうな目をしたアイナは、うなだれた…


“行きません!!軍に行って、この練成をまた戦争で使用されるくらいなら…

もっと強力な感情練成をさせろというなら…行きたくありません!!

もう、先の内乱の時のような思いは二度としたくないんです!!!”


アイナは、心の中でそう、叫んでいた、が言えない。

言おうとすると、口は、意思に反して重くなる。

喉は裏切ったように、声を発しなくなる。

うなだれるしかない…。


軍服の男は、アイナの肩にぽんと手を置き、

「では、明日、午後2時に出発する。

 今回は、君がどんな言い訳をしようとも引きずって連れて行く。必要があれば拘束もさせていただく。

 そのつもりでいたまえ…わかったかね。人間兵器君」

と言い、去って行った。


アイナは、その場にうなだれたまま、立ちすくんでいた。

明日…午後…2時…

なんとかしなくては…




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