第1話 出会い

数年前。

小さな内乱があった。

反政府軍が決起して起こったものだ。


そこに幾人かの錬金術師が特殊軍人として参戦していたのがだ、そのうちの一人があっという間に無血で治めてしまった。

特殊軍人という肩書を持った錬金術師たちも、ひっそりと解散し、みな軍を去っていったという。


さて、東の国境ぎりぎりに位置するこの地域には、多くの錬金術師が住み着いている。

元・特殊軍人たちの多くも、この地域に流れ住んだという噂である。


あくまでも、噂である……。



「兄さん、本当にここにいると思う?」

傍らの男を見上げながら言うのは、アルノー。

「さあなあ。けれども、かなりの人数の錬金術師が住んでいるんだから、それなりの知識は手に入ると思うぞ」

返事をするのは兄と呼ばれたディータ。

アルノーはため息をつきながら兄の横顔をにらみつけた。


錬金術と書いてペテンとルビを振る、と言われて久しい。

確かに、多くの錬金術師と名乗る輩は私利私欲のために、世の人々を小手先のいかさまで煙に巻いたような事をする。

しかし、実際に研究熱心な錬金術師もいることも確かである。

それが世の役にたっているかどうかは、別の話ではあるが。


医師を目指す兄ディータは、錬金術の研究が医術の発展につながっていることを知っていた。

なので、国境を越え知識を求め、錬金術師が多く住むというこの地域にやってきたのである。

弟のアルノーは後先考えず無茶をしがちな兄のストッパーとしての付き添いである。


「ところで、国境を越えた記憶ないんだが、いつの間にこの国入ってたんだろうなあ」

「うーん…もしかして僕たち、不法侵入してるのかなあ」

「通行証は持ってるけど、とがめられた時が厄介だな」


アルノーはため息をつきつつ首を振った。

「それにしても、なんでどの家の扉にも紙人形なんか下げているんだ?」

ディータのいぶかしげな声のとおり、島の家々の扉には、何故か紙を折ってできた人形が飾られている。

「まじない…?」


アルノーが呟いたのと、ほぼ同時に空気が一変した。


人々は、顔色を変え急いで家の中に入って行く。窓もドアも固く閉ざされ、あっという間に人影が消えた。

「な…なんだ?一体」

残されたのはディータ兄弟の二人のみである。


そこへ、一人の少女が現れた。


大き目の眼鏡、肩までくらいの髪は少々ぼさぼさしていて、猫背であるく姿は自信のない事を如実に表し、それに見合うような表情。

取り立てて言うことがないような、ごくごく普通の…いや、地味すぎるほど地味な雰囲気の、人ごみの中にいたら、間違いなく、埋没し目立ちもしないであろう少女が人影のなくなった町を、歩いていた。


そして、二人と目が合う……


この少女との出会いが兄弟にとって厄介な出来事の幕開けとなった。


少女と目が合った瞬間に、何もする気力がなくなった。

いや、そればかりではない。

すべてがめんどうに思えてくる、動くことも考えることも。

…もう、いいよ、何もしなくたってさ…どうせ自分はちっぽけな存在なんだから…

そんな思いが押し寄せてきて、うつむいて動かなくなった。


「え…? どうして、人が…」

少女は驚いたような声を出し、目の前の状況を見て、オロオロしだした。

「ど…どどどど、どうしましょう…たたたた、大変、大変、大変!!」

そして、紙人形が二つぶら下がっている家の玄関から、一つを取った。

「申し訳ありません、後に3倍くらいにして返しますから」

と、表情や態度によく似合うような、自身なさげな声でそう告げ、取り外した紙人形を二人に渡した。

すると、わずかに、ディータたちに気力が戻る…が、ほんのわずか、顔を上げることができる程度のものだ。


「あのぉ…」


少女が自身なさそうな声で話しかける。

「それ、一時凌ぎなものですし、効力切れかけていますので…」

と途中まで言い、どうしたらよいのだろう、とまた考えこんでいる。

アルノーが、かろうじて気力を取り戻し口を開いた。

「…一体、何なの?」

「ご…ごめんなさい、とりあえず、私の家まで来てください。

 もうちょっと、ましなのが残っているかもしれませんから」

と、言いつつ、少女は兄弟たちから遠ざかる。

「町外れの林の中にある、小屋が私の家ですので……」

途中までしか言わないが、どうやら、先に行け、と言いたいらしい。


少女の言葉どおり、町から離れたところの林に、小屋が一軒あった。

家紋なのか、何なのか、一本の剣に二匹の蛇が絡まっている紋章がドアに、小さく小さく描かれている。

勝手にドアを開けて入っても良いものか否か、わずかばかり逡巡したが、家主と思われる少女が戻ってくるまではここにいた方が良い、という判断をした。


さほど待たずとも、息を切らしながら、先ほどの少女が帰ってきた。

手には医者から処方された薬を持っている。

「家の中に入っていても構いませんとお伝えせずにすみません…お待たせしてしまって申し訳ありません」

と頭を下げながらドアを開けて二人を中へ招いた。


家の中は、ダイニングキッチンと、部屋二つ。テーブルの上には、様々な本が積まれ散らばっていた。

少女は二人の様子を見て慌てて、片方の部屋に行き、何かをごそごそと探していた。


出てきた少女の手には、またもや紙人形…。

その数個の紙人形を兄弟たちに持たせ、彼らを囲むように、床にチョークで不可思議な円形の模様を書いていった。

いや、模様ではない。よく見ると、様々な文字と数字で式が書かれているのだ。


全て書き終え、ふぅ、と息をつくと、

「あのぉ…大丈夫…ですか?」

と声をかけた。

先ほどよりはよっぽどマシな気分になっていたので、頷いた。

少女は、よかったぁ…と息をつき、そして、ごめんなさい、と頭を下げた。


「ごめんなさい、って君の所為なのか?」

ディータの言葉に、はい、と少女はうなだれた。

「私、アイナって言います。…あの…錬金術師です」

「アイナ? 君が?」

ディータは驚きの声をあげ少女を見た。

アイナと名乗った少女は、申し訳なさそうに、はい、と返事をする。


この錬金術師・アイナこそ、ディータが探していた人物だった。


感情を練成する錬金術師という珍しい錬成術を用いる人物だが、その錬成される感情は何ともいえないもので、やる気をそぎ落とされ、気力も自信はまったくなくなり、自分なんてダメな人間なんだ、と俯いてしまうようなものだという。


まさにディータたちは、先ほどそれを体験した。


「そうか、君が弱体の錬金術師か」

「私をご存じだとは……」


アイナは困ったような目をしながら笑っている。

「すみません、私、勝手に無差別に周りの人の感情をへたれたものにしてしまうんですよね……本当すみません。

 旅人さんですよね?この紙人形があれば、私が離れることで元に戻るけれど、防御するものを何も持っていないと直るのにものすごく時間がかかるんですよ…ほんと、すみません」


紙人形…これが防御の役割なのか…とまじまじと見た。


「でも、これ、効力が落ちかけているもので…、この練成陣…この中にいれば、普通の効力を保ちますから」

これで少しはましですよ……多分、と言った。

そこは確実だと言い切って欲しいものだ、という思いで目の前の少女を見やる。


「それで、アイナ…君が内乱を無血で鎮めた特殊軍人だった錬金術師で間違いないね」

ディータの問いかけにアイナは、わずかに眉を寄せ、軍部は嫌いですぅ…と呟いた。

「…君が最凶の錬金術師…?」

アルノーが信じられないという目でアイナを見る。

「そんな呼び名あったんですか…?弱体の錬金術師とか、へたれの錬金術師という呼び方をされてるのは知ってましたけど…」

…二つ目の呼び名は。あまり呼ばれたくないあだ名だな…

アルノーは心の中だけでつぶやいた。


「で?何で紙人形?」

アルノーは紙人形をつまみ上げながら尋ねる。

「その…私の練成から防御できるものを練成できる錬金術師が一人いまして…その人が作り出せる形が、この形だったんですよ」

「これを作ったのは君じゃないのか?」

ディータの言葉に、アイナは頷く。

「…これは町の家の戸口にかかっているものだったよね、その効力が落ちかけていると言っていたが、その錬金術師にもっと作ってもらうことはできないのか?」

「はい、それが今、病気で寝込んでて…」


と、アイナは、先ほど入って行った部屋を指さす。


「彼女、私の練成の影響を受けないので、一緒に住んでるんですが…性質の悪い病気らしく、もう一週間近くも寝込んだままなんですよ…」

目を覚ます気配もないんです…。とすまなそうに言った。

先ほどの薬は、その紙人形の錬金術師のためのものであるらしかった。


「君自身がこの紙人形を持っていてもダメなのか?」

ディータの言葉に、アイナは、それが…と首を振った。

「ダメなんですよ…。私が発する錬成をこの人形の周囲で無効化するのであって、私自身の錬成は止められないので…」

「さっき効力が落ちかけている、って言ってたけれど、後どれくらいもつ?」

「…この練成陣の中でもってあと3日、というところでしょうか…」

「うん、それは結構困るね」

ディータの言葉に、そうですよねえ、と眉を下げる。


「ええ…、私もどうにかしたいので、何とかがんばってみます……。

 …ああ、こんな時に、どうして垂兎たれうさは消えちゃったのかしら…」

アイナは、そうため息をついた。

垂兎たれうさ??」

何だそれは?と言いたげな声の二人にアイナは答えた。


「私の…助手でもないし…何と言うか…奇妙な人工生物なのですが、垂兎たれうさがいてくれれば、私の練成が周囲に被害を及ぼさずにすむんですよ…

 ただ、一週間ほど前から、行方不明でして…」


アイナは、本当にごめんなさい、と謝る。


「…わかった、この紙人形を持って、その垂兎たれうさとやらを探すのを手伝おう」


「え…?で…でも、その紙人形は効力が切れかけているから、練成陣から出たらまた重い気分が少し出てきちゃいますよ」


アイナは、止めようとしたがディータたちは立ち上がっていた。

それを見てアイナは一人で探すよりも良いかもしれない、と思い直した。



「……わかりました…

 垂兎たれうさの特徴は…体長10センチほどのくったりとした柔らかい生き物です。頭上付近にある長めの耳が垂れていて、その他、全体的に垂れています。

歩くと言うよりも転がって移動します。

 その速度とてもゆっくりで…移動しているのか、風で転がされているのか判断ができない時もあります」


いいですか?私と長い間話している上に、私の家にいたために、何もせずともマイナス感情になってしまう状況なんですよ。

この練成陣から出たら、やる気はいつもの半分になっちゃうんですよ。


アイナは再び言ってから、ディータたちへの配慮として自分の部屋へと引っ込んだ。



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