2 最初の街

 翌日。日光を遮るためフードを深く被り、俺は馬車に揺られていた。簡素な幌付きの馬車は正直言って乗り心地最悪だったが料金は良心的な値段だ。ノックス領を出発して森を抜け、事前に連絡しておいた村で馬車を調達した。あと数時間でオークレストという街に着くはず。


『ねえ、月夜。この馬車、揺れるねえ』


 影の中にいる月夜に話しかける。ティルナノーグにいる間も意識を合わせれば会話できるから便利だ。


『アッシュ君、それくらい我慢だよ。それにこの馬、結構速い方だよ。他の馬車より早く着くと思うよ』

『そうなのか。まあ貴族の快適な旅ってわけではないし、しょうがないか』

『だったらちょっと休憩しない?』

『今馬車の中だし無理だよ』

『さっき新しいお菓子のレシピを見つけたから作って持って行ってあげるね』


 月夜の言葉に俺は思わず笑みがこぼれる。


『本当に? じゃあ待ってるよ』


 その間も会話は続く。


『何を作ってるの?』

『秘密。アッシュ君が好きな甘いものだよ』

『楽しみだな』


 数分後、月夜が影から一瞬出てきて小さな皿に盛ったお菓子を運んできた。それは前世で食べたことのあるような可愛らしいマフィンだった。


『美味しそうだね! これ、何?』

『ティルナノーグで育てたハーブを使った特別なマフィンだよ。疲れた体にちょうどいいと思う』

『本当に美味しいよ。月夜、最高の休憩をありがとう』

『どういたしまして! アッシュ君が喜んでくれると嬉しいな』


 少し休憩したことで気分もリフレッシュできた。


『オークレストに着いたら街を歩いて美味しいものを探そう』

『うん! 楽しみだね。アッシュ君が話してたジャンクフードってやつ、月夜も食べてみたい!』

『そうだな。この世界のジャンクフードがどんなものか楽しみだ』


 まずはオークレストに行き、その後は父と知り合いがいるというセントラルクロスという都市へ向かう予定だ。父からイザベルさんという上級ヴァンパイアに、ある物を届けるよう頼まれている。現在では人間社会に溶け込んで暮らすヴァンパイアも多く、イザベルさんもそのひとりだろう。


『お、月夜。遠くに街が見えてきたぞ。あれがオークレストか』

『うん。ワクワクするね。あの村とは全然違うでしょ?』


 確かに先ほど通った村は十数軒程度の小さな集落だった。オークレストはそれとは比べ物にならないくらい大きな街のようだ。


『ちゃんと落ち着いて行動しないとダメだよ』

『わかってるよ。でもちょっと楽しみだ』



 馬車が止まり、俺たちはオークレストの街に降り立った。月夜が料金を支払うのを確認して深呼吸をする。


「さあ、月夜。初めての街だぞ」

「うん! ドキドキする!」


 月夜は小さな手で俺の腕を掴んで目を輝かせている。

 街の入り口をくぐるとそこは活気に満ち溢れていた。両脇には色とりどりの商品を並べた露店がずらりと並び、美味しそうな匂いが漂ってくる。賑やかな声、商人の呼び込み、馬車の軋む音。五感が刺激される。


「すごい! 色んなお店があるね!」

「ああ、規模は小さいけど蚤の市みたいだな」

「蚤の市? それは何?」

「色々なものが売られている場所だよ。懐かしいな」


 俺は前世の記憶を少しだけ思い出していた。病気で弱かった体が今となっては信じられないくらい強くなっている。


「アッシュ君、何考えてるの? 早く行こうよ!」


 月夜が俺の袖を引っ張る。


「ああごめん。行くぞ」


 俺たちはフードを深く被って街の中を歩く。少しでも日光を避けたいからな。


「アッシュ君、あのお店ちょっと見てみたい!」


 側にある露店を指さしている。


「いいぞ。ちょっと見てみようか」


 月夜は空を飛ぶと目立つので羽を引っ込めて隣を歩いている。その姿は少し人間にしては小さいが、まるで普通の少女のようだった。まあドワーフもいるし身長も不自然ではないかな。


「あの人たちは剣を差してるね。冒険者かな?」

「そうかもしれないな。冒険者ギルドとかもあるかもな」

「すごいね! 冒険者ってどんな仕事をするの?」

「魔物退治とか宝探しとか? 金は今のところ余裕があるけど、いずれは路銀を稼がないといけないかもしれないな」


 冒険者って魔物退治以外何をするんだろうな。ファンタジー世界って感じで憧れるけど。


「もし冒険者になってもアッシュ君は強いから大丈夫だよ!」

「そうだな。月夜もいるから大丈夫だ」


 俺たちは屋台が立ち並ぶ一角までやってきた。様々な料理の香りが漂ってきてお腹が空いてきた。


「お腹空いた。何か食べよう」

「屋台で何か買って食べようか」

「お買い物って初めてなんだ!」


 月夜は嬉しそうに飛び跳ねた。月夜にとって街での買い物は特別な体験なのだろう。



 屋台が軒を連ねる一角へ足を踏み入れると、様々な料理の香りが鼻腔をくすぐる。香ばしい匂い、甘酸っぱい匂い、スパイシーな匂い。


「色んな香りがするな。どれにしようか迷うな」

「うんうん。全部美味しそう。ねえ、そこのお店は何を焼いているの?」


 指差したのは薄い小麦粉の生地で色とりどりの野菜と肉を包み、鉄板の上で焼いている屋台だ。月夜からは見えないのでそっと持ち上げる。


「タコスみたいだな。こういうジャンクフードはこの世界で初めて見るかも」

「アッシュ君、それ食べよう!」

「いいぞ。俺も食べたいしこれにするか」


 俺は屋台の店主にお願いして普通サイズと小さめサイズを一つずつ注文する。月夜は小銭を数えながら料金を支払う。

 店主は手慣れた様子で生地を伸ばして肉と野菜をたっぷり乗せて包み込み、熱した鉄板の上で焼き始めた。ジュウジュウという音と香ばしい香りが食欲をそそる。思わず唾を飲み込んでしまう。


「早く食べたいね!」


 俺の腕を掴んでせがむように言った。


「わかったよ。もうすぐだぞ」


 焼き上がった生地は薄い黄金色に輝き、中には肉と野菜がたっぷり詰まっている。店主はそれを器用に二つ折りにして紙で包んで俺と月夜に手渡す。


「熱いから気をつけてね」


 近くのベンチに月夜を座らせ俺も隣に座った。俺はさっそく一口かぶりついてみる。


(うまい!)


 濃いめの味付けがめちゃくちゃ美味しい! まさに俺が求めていた味だ。


「どう? 月夜?」


 月夜は小さな口で美味しそうに頬張っている。


「美味しい! ちょっと味付けが濃すぎる気がするけど、不思議と止まらないね! これがアッシュ君が食べたかった味かあ」


 そう言いながらも月夜は夢中で食べている。ふたりともあっという間に完食してしまった。


「また来よう」


「うん。絶対また来ようね!」


 月夜も同じように満足げな表情をしていた。


 こうして初めての街での食事を終えて次の店へと向かうことにした。

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次の更新予定

2024年11月15日 20:10 毎日 20:10

ヴァンパイアの眷属探し~天使と戦っているうちに眷属が大勢できて、やがて街まで作られる~ 夏野小夏 @natsunokonatsu

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