ヴァンパイアの眷属探し~天使と戦っているうちに眷属が大勢できて、やがて街まで作られる~
夏野小夏
1 妖精と一緒に旅に出よう
「父さんと母さんに話がある」
夕食の席で俺は意を決したように切り出した。
向かいに座る父と母はフォークとナイフを持つ手を止め、俺を見つめる。
「改まってどうした?」
「アッシュ何の話?」
「そろそろいい年齢だし、
俺の言葉に両親の視線は揃って俺の隣に座る月夜へと移った。遠い東の国から来た、黒い前髪を切りそろえた可愛らしい妖精。月夜は一般的な妖精よりもかなり大きく、1メートルほどもある。さすがに人間用の椅子では大きすぎるので、特注の足の高い椅子にちょこんと腰掛けていた。テーブルに肘をつき、にこやかにこちらを見ている。
「そうか、もう17歳か。旅に出るにはいい時期かもしれないな。お前に教えた戦闘技術は大抵の場合に十分に通用するものになっただろうが、教会と天使には注意しなさい」
父は静かに頷き母は、
「そう、もうそんな歳になったのね……。私たちは外の恐ろしさを十分に知っているわ。個人としての力で負けることはほとんどなくても、組織だって攻めてくる。あなたは慎重な性格だけど、教会と全面的に敵対しないように十分に気を付けるのよ」 と心配そうに言った。
「ああ、わかったよ。俺も人間の敵になりたいわけじゃないし、出来るだけ騒ぎは起こさずにいきたいと思ってる」
父と母は、大昔に天使たち相手に大暴れしたそうだ。実際父さんと手合わせをしてもまだまだとてもじゃないが歯が立たない。
「それに月夜が一緒にいてくれるから大丈夫だよ。俺より機転が利くしね」
「ヴァルドル様、メリッサ様。アッシュ君のことは月夜に任せて! 眷属になってから外の世界は初めてだけど、精一杯サポートするよ!」 両親に向かって恭しく頭を下げた。
「月夜ちゃん。アッシュのことをよろしくお願いね。月夜ちゃんも可愛いんだから、注意しないとダメよ
? それとたまには帰ってきて来るのよ?」
「わかりました、メリッサ様」
「アッシュ。今更言うまでもないと思うが、人間の国には人外を排斥するセラフィナ教会があるだろう? 教会は今、天使を増やしていると聞いている。奴らには十分に注意しろ。必ず、生きて帰ってこい」 父は真剣な眼差しで言った。
「ああ、父さん。母さんも、必ずまた帰ってくるから元気でいてくれ」
「アッシュ。たまには帰ってきてね……それじゃ、ご飯が冷めちゃうからいただきましょうか」
その後、昔話に花を咲かせながら楽しい夕食の時間を過ごした。両親は俺が家を出た後の生活について様々なアドバイスをくれた。
部屋に戻ると月夜がいつものように俺の影からすり抜けて現れた。「アッシュ君、何から始めようか?」と、キラキラした瞳で聞いてくる。
「まずは荷造りだな。手荷物はほとんど必要ないけど、最低限必要なものは用意しとかないと」
「うんうん。でもアッシュ君。ティルナノーグに全部入れればいいと思うよ」
月夜は俺が影の中に作り出した異空間「ティルナノーグ」のことをよく知っていて、そこの家で多くの時間を過ごしている。どれだけ大量の荷物でも収納できるし管理も月夜がやってくれるから安心だ。
「わかってるよ。でも最低限の身支度くらいは自分でやらないと旅の気分が味わえないだろ?」
「ふふっ、初めての旅だもんね。じゃあ月夜が手伝うよ!」
そう言って月夜は俺の傍らで俺が服を選んで畳むのを手伝ってくれる。いつもはいたずら好きで俺を困らせることが多い月夜だが、こういう時は本当に頼りになる。服は日光を遮るフード付きの物が多め。日の光を浴びても不快に感じる程度だけど、晴天は勘弁願いたい。
「そういえばこの世界の地図持ってたっけ?」
「あるよ。ティルナノーグに保管してあるからいつでも確認できるよ。それに月夜の方が詳しい場所もあるしね!」
月夜はこの世界の地理に俺よりもかなり詳しい。妖精の森で育った経験から様々な場所の情報を集めているらしい。
「やっぱり月夜がいると心強いな」
「でしょ? アッシュ君には月夜がいるから大丈夫だよ!」
月夜は得意げに胸を張る。その姿が可愛くて思わず微笑んでしまう。
「他に何か準備するものはあるか?」
「そうだねえ。お金は十分にあるけど食べ物はどうするつもり?」
「そうだ、人間の国でジャンクな食べ物を探すのが目的の一つだった」
ノックス家の食べ物も美味しいけど屋台で食べるような、粉ものはない。
「他に何か必要なものがあったら教えてくれよ」
「一応、回復薬と包帯も持っていく? アッシュ君には必要ないけど、人間が怪我をした時に使うかもしれないよ」
確かに普段はあまり気にしない俺だが、今回は人間社会に深く関わっていくことになる。一応持っておいても損はないだろう。他にも色々と影の中に荷物を落とし、ティルナノーグで整理していく。
「月夜、色々ありがとうな」
「どういたしまして! アッシュ君と一緒ならどんな冒険だって楽しいよ!」
「よし、準備は終わったな。そろそろ出発の準備をしよう」
「うん! 楽しみだね、アッシュ君!」
◇◇◇◇◇
――アッシュが部屋に戻った後、ダイニングに残ったヴァルドルとメリッサは静かに向かい合った。窓の外には月が青白い光を投げかけている。
「あなた……アッシュは大丈夫かしら?」
メリッサはアッシュの旅立ちを祝福しながらも、拭いきれない不安を口にした。
「ああ、心配なのはわかるがむしろ今、このタイミングが最適だったのかもしれないな」
ヴァルドルはワイングラスを傾けながら重々しく言った。
「イザベルからの情報で、ここから遠い、獣人族の集落が壊滅したらしい。プリンシパリティがエンジェルたちの指揮を執っていたことが確認されている」
「まさかまた天使たちの攻勢が?」
メリッサは思案顔になった。かつて天使たちは人間以外の種族に牙を剥き、世界を戦火に包んだ。その時に多くの血が流れたのだ。
「すでにプリンシパリティが召喚されているとなると、中級天使が現れるのも時間の問題だろうな。中級天使でさえ脅威となるが、もしまた上級天使どもが召喚されだしたら……」
ヴァルドルは言葉を切り、
「我ら真祖でさえ、生き残りをかけた戦いになる」と言った。
「久しぶりに魔人が多く集まる会議になりそうだな」
人以外、力のある者たちは魔物の国のバランスを取るために招集をかけられることがあった。参加は自由だが、今回は天使どもの動きを耳に入れている者は参加するだろう。
数百年前の天使との大戦。上級天使である多数のトロウンたちやその指揮官と死闘を繰り広げ、辛くも勝利したが天使の圧倒的な力と数への畏怖は今も消えることはない。
「アッシュにも今のうちに眷属を増やし備えさせる必要がある。私たちも動き始めなければなるまいな」
ヴァルドルは立ち上がり窓の外の月を見上げた。その表情は静かな決意に満ちていた。
「森で平和に暮らしていられる時間はかけがえのないものだったけど。天使たちとの再び戦うのも悪くないと思うのは本能かしらね?」
メリッサはヴァルドルに寄り添い静かに夜空を見上げた。
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