第2話
ボタンを押すとまた頭痛と吐き気と耳鳴りがした。しかし「タイムトラベル」に慣れ始めているのか、前より症状はマシになっている。そして前回と同じように視界が歪んで、そのまま意識を失った。
目を覚ますと机の上のルーズリーフが一枚増えていて、そこにはこう書かれていた。
「「
そうすぐには信じられないよね。わかった。
今日はアメリカ大統領選挙の開票日だ。私が知る結果を教えてあげよう。
勝敗は今日18時32分に決まる。
その時点で、
リチャード・ハイマン候補が273票、
ハワード・ロックウェル候補が221票
となりハイマンの当選が確実になる。
18時32分ちょうどに開票速報を見れば、この得票数になっているだろう。
選挙は誰にも読めない。ましてや正確な得票数まで予想できる人間などいない。
だからこの数字が全てあっていたら私が未来から来たということ、君に信用してもらえるだろう。
」」
置き時計を確認すると時刻は決着の時間の5分前だった。急いでパソコンで開票速報を検索し、結果を待った。
ハイマンが201票、ロックウェルが213票。かなり接戦でいつ決着がついても良い状況だった。
更新ボタンを押すたびに両者の票数が増えていった。
そして運命の18時32分になった。更新ボタンを押すと画面上には、
「ハイマン273票、ロックウェル221票」
の文字。
彼が言っていた通りになった。勝敗だけで言えば、どちらが勝ってもおかしくない状況だったし、彼は2分の1を言い当てただけなのかもしれない。しかし得票数が一票も違わずに同じだったのだ。未来を知らずしてここまで正確に数字を当てられるだろうか。
僕はとりあえず彼が未来から来たということを信じてみることにした。
そうなると次に気になるのは彼の正体だ。さっきまで僕は彼が「未来人」であることを疑っていたから、彼は誰で、どのくらい先の未来からきたかについて気になりもしなかった。
僕は、彼は「時間管理局」みたいな組織の構成員なのだろうと勝手に想像した。そして自分がその組織のエージェントに協力を求められているようで、なんだかスパイ映画の登場人物になったようで、テンションが上がった。これから1週間後に悲惨な飛行機事故が起きるかもしれないというのに。
彼の正体についても、本人聞いてみることにした。
「あなたが未来から来たことは認めましょう。ではあなたは誰で、どのくらい先の未来から来たのですか。何らかの組織の構成員ですか。なぜ僕を選んだのですか。」
ルーズリーフの端っこにこう書いて、時計のボタンを押した。
なにも起こらなかった。頭痛も吐き気も耳鳴りもしない。聞こえるのは時計のダイヤルが回転するカシャカシャ音だけだった。
僕は彼が最初のタイムトラベルのときに書き残したことを思い出した。
「そのボタンを押せば僕と意識が交換される。でも毎回じゃない。というか大抵の場合は交換は起きない。交換は起きるべき時に起きるとだけ言っておこう。」
どうやら彼は正体を教えてくれないらしい。それか教えることができないのか。
修学旅行最終日に起きる悲惨な航空機テロを止めるため、僕は未来の「誰か」と協力することになった。
◇
1989年12月、東京。バブル全盛期の東京の町並みはきらびやかだ。平日の夜なのにも関わらず着飾った男女で街は溢れかえっている。
そんな時代の東京にも、賑やかな街から少し離れたところには昔ながらの銭湯が変わらずあった。都内の
後ろから老婆が出てきて、男は老婆と受付の仕事を交代した。
男は配管とタンクのあるバックヤードを通り抜けながら、乱れた髪をかきあげ、後ろで結んだ。勝手口の扉を開けて庭に出ると一つ身震いをして、庭に置かれた洗濯機にかけてあるジャケットを羽織った。12月の寒空に、遠くから大通りの騒音が響いている。
洗濯機の横には、高さ2メートルほどの円筒形の物体が置いてある。銀色で、見た目はちょうど銭湯のバックヤードに設置されているタンクのようだ。人の胸の高さに取っ手がついていて扉のようになっている。開けて物体の中に入れるようだ。
男はその物体の取っ手を掴んで右にスライドし、物体内の空間に入ると内側についている取っ手をスライドして扉を締めた。天井には照明がついていて、物体の内部を薄暗く照らしていた。腰の高さには操作パネルのような装置が内壁から飛び出ていて、男はそのパネルの下からケーブルの一端を引っ張り出し、それを男がつけている腕時計の上部側面の端子に接続した。男は呼吸を整えた後、時計右上部にあるボタンを押した。
すると物体はモーターが出すような機械音を10秒ほど発し、その後静かになった。
この日の夜から後に老衰でこの世を去るまで銭湯の老婆はその男のことを見ていないらしい。
ラスト・オーナー ロバートソン @robertson
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