休日のお買い物①
「早く!起きて!約束しただろ!」
耳を思いっきり引っ張られて目が覚めた。次に、耳元で激しく怒鳴られる。体に見合った声量なので鼓膜を刺激するほどではないけれど、近いのでなかなかの圧力だ。
「痛いんだけど。」
耳をさすりながら起きると、腕を組んでむっとした顔の妖精が枕元に座っている。
部屋を覗くと慎みがないというくせに、自分は寝ているレディの寝顔を見た挙句、耳を引っ張って起こすのだから、自分のことを棚に上げすぎだ。
「そりゃあ約束を守らない方が悪いんだよ!
朝から出掛けるって約束だったろう?」
たしかに出掛ける約束はしている。時計を見るとまだ午前だ。さすがに夜の十一時前ということはないだろう。
「うん、だから、まだ午前中でしょう。」
「君にとって、朝っていうのが何時から何時のことなのか、しっかりすり合わせておくべきだった。
僕にとっては午前十一時というのは、朝じゃなくて昼なんだ。」
朝、というところを強調する。たしかに昨日は、明日の朝、と言った覚えがある。
「ごめん、それは確かに朝じゃないかも。」
厳密に言えば十時五十五分、でもそれはもう昼でいい。
一般的な喫茶店でモーニングを頼むのに、気が引ける時間だ。
「君が着替えて出掛けられるまで、僕は何分待てばいいんだろう?」
妖精は怒っているというよりもあきれていて、だからこそ余計に罪悪感が半端なかった。
「本当にごめん、起こして、くれたのに。」
「もういい、早くしておくれ。僕は早く溺死しないお椀が欲しいんだよ。」
実はあの日以降もラーメンを出したことがあった。彼は油断したわけではなかったんだろうけれど、思い切り頭からマグカップに落ちたことがある。ちゃんと救出はしてあげたし、そのあとに自分で体を洗っていたけれど、羽も髪もべたべたで、何度洗ってもきれいになった気がしないと呻いていた。
服も着ているそれしかないらしく、彼にも使えるお手軽な魔法ですぐに乾かして着ていたけれど、可能ならば着替えがほしいだろう。
「すぐに支度するから、ちょっと待ってて。朝ごはんは出先でいいよね?」
「もう昼だってば!」
それから三十分もたたないうちに、最寄りのバス停にいた。
「ここが君のいつも使うバス停だね。」
話をしやすくするためだといって、彼は肩に止まっている。重ければ自分で飛ぶし、鞄の中がいいのならばそうすると言われたけれど、多くの人は彼に気付かないのか気にも留めない。
「妖精ってたくさんいるようなことを言ってなかったっけ?」
「いるよ。」
「じゃあ、なんてみんな君を見てないの?」
「それは、まあ、妖精にもいろいろあるんだよ。強い妖精ならみんなに見えるだろうけれども、僕のようなのはそうじゃないんだ。
君には、見えるけれどもね。」
「私以外には?」
「ほかの妖精と仲良くやっていて、妖精を見慣れていれば、見えるだろうね。
だけれども、見える、見えないは置いといて、野良猫を見ていちいち騒ぐのは、こどもと特別に猫好きな人間だけだろう?
妖精ってのも、それくらいのものなんだよ。」
そんな話をしていると、やっと市街地に向かうバスが来た。
誰かの視線を感じたような、そうでもないような気がしたけれど、声がかかるわけでもないのでそのまま乗り込んだ。
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