明日の予定の話

妖精の言うことは理解できる。理解できるけれど、転職なんて簡単なことじゃない。

何よりそんなことを考えることが面倒でしかたなかったから、そのうちにね、できたらね、とごまかした。

それでも長い付き合いでもない居候に心配されたのは堪えたから、できるだけ早く帰るように心掛けた。

もちろん、それが楽にできるのならば苦労はしない。空気が読めないやつ、誰がかわりにやると思ってるの、そんな視線を浴びるのはうれしいことではない。

それでも今は、帰るのを待っている存在がいるわけで、自分のためだけの行動ではない。


「っていうことで、君のせいにしちゃってごめんね。

でも、妖精が家にいるなんてことは、誰にも言っていないけど。」

「そんなの気にしなくっていいんだよ!お仕事を早く帰る理由がいるのなら、いくらでも僕のせいにしてくれていいとも。

ただ、まあ、あんまり僕は、妖精としての性能は、よくないのだろうけれども。」

やはり魔法がまともに使えないというのはコンプレックスなのだろう。気にするなと言えば余計に気になるだろうから、そのあたりのことには口出ししないようにしていた。

「君がそれで、その、不利益っていうのを被っていなければいいのだけれどね。大丈夫なのかい?」

「ああ、うん、まあね。」

会社に愛着なんてない。ただ、ほかに拾ってくれるところがないから尽くしていた、それだけのことだ。

同期は誰も残っていないし、むしろ誰も残れなかった。愛想を尽かしたり、出る杭が打たれたり、そうでなければ過労で退職するか、急病で退職するか、若くして突然死した同僚は、おそらく過労がきっかけだったのだろう。

失望する前にそうなってしまえれば楽だなと思ったのは、その当時の自分もまた随分と病んでいたせいだろう。

「明日は休みなんだろう?買い物っていうのに、ついて行ってもいいのかい?」

ドキドキと恐る恐るを半々にしたような顔と声で身を乗り出してくる。

「あ、そうだったね。せっかくだし、明日は朝から出掛けようか。

ほしいものは決まった?」

「いくつかあるのだけれども、いいのかい?」

お金なんて持っていないだろうから、もちろん全部、買ってあげることになる。

今のところ、人間を扶養するよりはもちろん負担がないし、一般的なペットよりも費用は掛かっていない。

人間と比べれば格段に小さいし、ペットと違って人間と同じものが食べられるのが大きい。何より、最悪、放っておいても自立して生活できなくはない。部屋にある飲食物を少々失敬される程度のことだ。

「食器がほしい。切実に。」

やたらと真剣な声で申し出る。

「そういえば食器は使えるの?」

そもそも妖精は食器を使うものだろうか。手づかみの様子しか見たことがない。いや、自分の腕くらいの長さの爪楊枝を使おうとして失敗しているところは見たことがあった気がする。

「使ったことはないけれど、練習すればできるはずと思うのだよね。お箸だとかは使えないかもしれないけれども、お皿くらいはあってもいいと思わないかい?」

髪色や羽からは洋風のイメージがあるのに、真っ先に箸という言葉が出てくるのに面食らった。理由はおそらく家主が使っている食器のせいだろう。マグカップで溺れ死ぬのは嫌だという理由を挙げられれば、買ってやらなければという気持ちにはなる。

「あとは、花瓶と、ベッドと、それから羽と髪を手入れするものがあればいいと思うんだ。」

櫛などは着せ替え人形用のそれが流用できなくはなさそうだ。しかし、人形用のベッドは実用的ではないだろう。昔自分も遊んだことがあるけれど、あれは人形を置く台であって、生き物の寝床ではない。

こちらの表情に気付いたのか、妖精は自信満々に考えがあると言った。

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