可能性の魔法④

「ねえねえ、聞いてよ。」

あの日から、なんでも妖精に話すようになった。

はじめこそ取り繕っていたけれど、三日もすれば愚痴ばっかりになってしまう。それなのに、自分にもできることがあったと思ったからか、彼はつまらないイライラするだろう話を喜んで聞いてくれる。

(尽くす系の男子だなあ。)

いつでもにこにこしているので聞き流しているのかと思いきや、腹立たしかったことを伝えれば、それはとてもよくないね、と真剣に言ってくれたりするのだ。ちょっと反応が鈍い時があるのは、妖精にはこちらの事情や常識がわからないからだろう。そう思えば、あまりかかわりのない他人というのは、相談相手にピッタリなのかもしれない。

「その、ね、お仕事っていうのは、別のことに変えられないのかい?」

「転職しろっていうの?」

「僕には事情はよく分からないんだけれども、君が朝早くから夜遅くまで、とても大変そうなのはよく知っているんだよ。毎日とても頑張っているのだって見ているよ。

だからもちろん、その仕事っていうのが大好きなら、何にもできないけれども応援したいと思う。できることがあったらなんだって頼ってほしいと思うよ。

けれども、それは、こんなにも無理をするほどに好きなのかい?

あんまりにもつらそうなので、心配なんだよ。」

嫌ならやめれば、文句を言うくらいならば転職しちゃえばいいじゃん、という無責任な声ならばいくらでも聞いた。聞いたし、他人なんだから勝手に言えるよね、と言い返していた。けれど彼のそれは、結論としては同じでも、意味合いが違った。

「積み上げてきたものを捨てるっていうのは、とても、痛いことだ。

だってそうだろう、やってきたこと、経験だとか思い出だとかは、自分の一部じゃあないか。それを切って捨てるだなんて、痛くないわけがない。ちょっとくらい良くないところがあったって、そりゃあ、捨てたくはないよなあ。」

自分の両手をじっと見て、妖精は悔しそうに言った。

「でもそれが、抜けないトゲが刺さったままだったらどうだろう?

しかも、それが化膿しちゃったら?

それだったら、そのまま残しておくわけにはいかないだろう。捨てるときにとても痛かったとしても、そうしなくちゃあ、この先はもっともっと痛くなってしまう。その毒で、そのうち死んでしまうかも。

だから僕はね、そんな君を見たくはないんだよ。」


いつになくよくしゃべるけれど、言いたいことがわからないわけじゃない。

苦くて、苦い。費やした年月や払った犠牲、努力、そういったものを惜しんで、自分を傷つける環境にいる、そんなことはわかっている。

いつか成果が出るだろう、そんな甘い幻想。

いつか誰かが認めてくれる、そんな現実逃避。

自分自身が認めてやれないのに、誰かの目に留まるわけがない。形に残らない成果は、自分が頑張ったという記憶でしかない。

彼はきっと努力した。ここに来る前の彼を知らないけれど、空気の読めない陽気な妖精を演じて居座って、報酬を得て魔法を使ってくれようとした。それでもできなかったから、あの日についに謝罪をした。自分にできることは魔法ではなかったと、きっと執着していたそれを諦めた。

本当に諦めたのではないかもしれないけれど、それで生きていくのはやめたのだ。

そして自分にできることとして、疲れ切った人間の話し相手になることにしたのだろう。


「もちろん君が、それでいいっていうのなら、僕に止めることなんてできないだろう。もちろんそれはわかっているとも。

でもね、君と明日も、明後日も、来年だって話がしたいんだ。

だからそれを忘れないで、毎日帰ってきてほしいんだ。」

その日どんなことを離していたとしても、彼は最後に帰ってきてほしいと添えた。

それはまるで、何かのおまじないのようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る