可能性の魔法①
「おかえり。」
帰りを待っている人がいるのはうれしいことだった。
「ただいま。」
小さくて表情が良く見えないと思っているのだろう、妖精は全身で喜びを伝えようとしてくる。
両腕をぶんぶん振って、羽をめいっぱい広げて、ちょんちょんと跳ねる。
定時を目指すのは無理だとしても、一便だけ早く帰れるようにしようと頑張ったかいがあったというものだ。
この一便で三十分くらいは早く帰ってこられたはずだ。
「スイッチくらいは、押せるんだよ。そろそろ寒いから、僕がエアコンというのをつけておいてあげようか?」
申し出てくれるのはうれしいが、電気代もある。そう考えそうになって、ハッとする。
日中も妖精は家にいるんだから、そんなことを気にしていたら、寒い思いをさせてしまうだろう。どこの家も入り放題だからといって、どこかの店や別の家にお邪魔して暖を取れとは、さすがに言えない。そんな迷いを感じ取ったのか、その辺をぐるぐる歩き回った彼は、無理は言わないけれども、と言う。
「気が向いたら、頼んでくれたらいいよ。」
「そう、そうだね。うん。そうする。」
何も言わなくても、寒いと思えばどうにかするだけ大人だろう。電気代を気にするならばどこかに出かけるかもしれないし、気にしないのならば勝手にスイッチを入れてくれるだろう。あるいは、外で過ごしていたらしいから、彼自身は寒さをあまり感じないのかもしれない。
今日は寒いからラーメンを食べよう、そう言って妖精を誘い、鍋に水を張ってガスを付ける。
電熱線やIHよりは、直接火の見えるガスコンロが好きで、この物件の最後の決め手はそれだった。その割に、妖精が来るまではろくに使ってもいなかったと思い出した。
お湯を沸かし始めると、待っているように言ったのに、しんみりした顔で寄ってきた。
「あのね、君に、謝っておかないとならないと思う。」
「今がいいの、それともあとからゆっくり話す方がいい?」
おなかは空いているからさっさと作って食べたいという気持ちはある。けれど、深刻そうな様子も気になる。長くなりそうだけれど、食べながら聞くのは失礼になりそうだ。
「話すなら早い方がいいと思ったけれど、君のくれるごはんはおいしいから、先に食べたいかな。」
うれしいことを言ってくれるけれど、彼の顔は晴れない。
怪我でもしたのかと思ったけれど、手足の色に変化はないし、出迎えてくれた時にも体の具合は悪くなさそうだった。羽も折れていない。だけど、人間から見ての判断だから、妖精としての判断はつかない。
何かあっただろうかと考えるが、日中の彼の様子は想像もできない。別段、部屋の様子には変化はない。しいていうなら、ちょっと使用済みのティッシュを集めてあった程度だ。自分は玄関ドアに袋をひっかけてまとめるなんてしていなかったから、あれは彼の仕事だろう。
「昨日も今日もありがとうね。」
そんな言葉が自然に出てきたのは、きっとひとりではないことがほんとうに嬉しかったからかもしれない。
カット野菜と冷凍の豚バラを少し炒め、麺とスープをまとめて入れた鍋にそのままぶち込んだ。その方が味が染みていておいしい。きっと妖精も気に入ってくれるだろう。
とはいえ、ご褒美がこんなので良かったかな、と思わないでもなかったけれど。
それなのに、褒めれば素直にふふんと言って自慢げに胸を張ると思っていた彼は、なぜか羽をだらんと垂らしてうつむいてしまった。
「ごめんね。」
そう呟くと、肩と羽が小刻みに震わす。
顔は見えなかったけれど、泣いているのだとわかった。
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