羽の色と人間

妖精は人間と違って、両親からは生まれない。

姿なきままに生あるものの喜びから生まれ、他者の幸せな感情を食んで成長する存在だ。

そうして少しずつ力をためこんで、勘の鋭い、あるいは相性のいい何かには認識されるようになる。

十分に育ったら、心とは別の糧も要するかわりに、魔法や奇跡といったものをもたらすことができるようになる。


けれどそれは、成体になるまでに得たものによって異なる。

妖精の羽の色は、その力の色。

それが熱烈な恋心によるものならば炎を、映画や物語で感涙ならば水を、自由を得た幸福ならば風かもしれないし、花や木々の美しさであったならば緑や大地といったものかもしれない。

妖精が出会い、見てきた人間の感情があふれた時に受け取ったそれが、その妖精の力になり、羽に色を付ける。

力を持たない幼いうちは明確な色を帯びてはいないけれど、人間に寄り添う頃には何かの力を得ているものだ。だから色がつくまでは成体ではないのだと思っていた頃もあった。

けれど、それまでと同じように感情だけ食らっても体がもたなくなる日は突然やってきた。


あの時の飢餓感といったらない。

まともな魔法もない妖精にできることなんて、せいぜい樹上のサクランボを射落としたり、勝手に人間の家に入ったりするくらいのことだ。

無断での家宅侵入を敢行し、仏壇のブドウを失敬したことは生涯忘れられないだろう。あの宝石みたいな淡い緑は美味しかったから、本来のブドウの宛先だったはずの写真のおばあさんには何度も礼を言っておいた。

真冬以外ならばどこかの畑の収穫をつまみ食いできるし、真冬なら真冬で食品が卓上に置きっぱなしにされることが多くなるので、盗み食いでも生きてはいける。

ガードの甘い家ではほかの野良妖精とかち合うことがしばしばあったが、みんな羽には色があった。


そんな風に恵みをかすめ取って生きていける妖精が人間との共存、いや、同居や共生を望むのはなぜか。

その心の弱いところだとか、作るものの美しさだとか、短くて長い命の潔い使い方だとか。

人間は一人で生きるには弱く、ずる賢くて、それから放っておくには惜しかった。


君に、何かしてあげられたらいいんだけど。

羽に色がないということは、特別な魔法がないということだ。

何か色になるような幸せを集めてこれたならば、こんな思いはしなかったのかもしれない。

熟れた恋の叶った赤や、成長や収穫の緑から黄、橙といった美しいグラデーションのどれかでもあれば。

そう思っても今更遅いのだとはわかる。あとから羽の色を変える方法なんて知らない。

ほかの妖精と話をすることなんてそれまで思いもよらなかったけれど、思い切って尋ねた時に散々傷ついたから、聞くのはもうあきらめた。


羽の色は魂の色。

無垢なまま大人になってしまえば、生涯ずっと幼いまま。誰にも何もできないだろう、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る