人間の心配

彼女が寝入ったのを確認してから、再度部屋を検分する。

一言で言って、めちゃくちゃ汚い。

出掛けるのは朝七時、帰宅は二十一時過ぎくらいだったろうか。昨日もそんなものだから、今日が特別遅いわけではない。

だとすると、差し引き十時間ばかり家にはいる。でも寝ている時間があるのだから、あんまり余裕はない。


慣れない手つきでホットケーキを焼いてくれたのは嬉しかったけれど、正直、おねだりして悪かったかなと思っている。

帰宅がこんなに遅いと思わなかったから言ってしまっただけで、夜もバウムクーヘンってやつで構わないとも言ったけれど、せっかくその気になったのだから食べてほしいと言ってくれた。

だけどそのせいで、フライパンを洗う手間もかけてしまったのだから、食べ物以上に申し訳ない気持ちになる。


もらわなければ与えられない。

それがルール、自分ではどうにもならない世界の仕組みだ。


人間にはそれをありがたがる人だっているけれど、それで与えられるものなんて、形のないものだった。

本当に望む奇跡や魔法は持ち合わせていない。

妖精は、人どころか本一冊を抱えても飛べない脆弱な羽くらいしかもたないのだから。


たとえば、たとえば、だ。

「洗濯くらい、してあげられたらいいんだけどなあ。」

ベッドの上にぐしゃっとまとめられた服の山。それを避けて丸まって寝ている。

かかっているのは多分しばらく干していない布団に、洗ってないだろうシーツ。

気になるのはそれくらいではないのだけれど、せめて洗濯してあげられたら、気持ちよく眠れるだろう。

だけど。

枕ひとつとくらべたって、この手はあまりに小さい。

自分の長さは、彼女の鞄からはみ出したペットボトルと同じくらいだ。重さは確か卵と同じくらいと聞いた。

そんなんじゃあ布団はまず干せないし、洗濯機のボタンは押せると思うけれど、濡れた衣類を出すのはどう考えたってできそうにない。


「君に喜んでほしかったんだけどなあ。」

部屋の中を見回して、床にそのままにされたコンビニの袋に目が留まった。見た感じ、中身は空だ。あのくらいなら持ち上げられる。

こんなものでもたくさんあれば部屋が荒れて見えるだろう。

ドアノブにひとつ引っ掛けて、自分が入って広げてから、他の袋を集めて回った。

シンクの中に詰め込まれた弁当の空き容器は大きいので見なかったことにして、箸袋だけは集めて入れた。

そこまでしたら疲れ果ててしまったので、人間の寝顔をもう一度見てから、与えられた箱庭で眠った。

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