晩ごはんの約束
ルームウェアに着替えて、狭いキッチンで買ってきたものを広げる。
自分の部屋で待ってていいよと言ったけれど、彼はお願いした責任とやらで律儀についてきた。
何かを踏んだのかちょっとよろけたけれど、そのまま蹴飛ばして見なかったことにする。そんなことをいちいち気にしてしまうと、おなかは膨れない。
卵は普段買わない十個入り、牛乳も大きい方。いくら妖精が小さいといっても、スマホの長辺よりは背が高い。座ってくれればギリギリ手のひらサイズと言えるだろうか。
とうの昔に料理なんかやめてしまったけれど、一応フライパンは持っている。
マスクと買ってきたゴム手袋を装備して、覚悟を決めて山の下からドロドロの何かが固まったそれを引きずり出した。
できるだけ急いだつもりだけど、あれから軽く一時間半ほど経っていた。作ったのはたった一品、ホットケーキだった。
妖精は、えっ、とか、うわあ、とか言いながらも、できるだけおとなしく待っていてくれた。長くてきれいな青い髪が汚れないか心配だったけれど、身軽な彼は飛び散る洗剤から華麗に身をかわしていた。
そんなに逃げるならば自分の部屋で待っていればいいものを、頼んだ責任とやらで付き合ってくれたのだ。
「ありがとう。おいしそうだ。」
少し強張った顔をしているけれど、市販のホットケーキミックスなんだから、初めてでもない限り、ちゃんと材料さえ揃えておけばそうそう失敗はしない。
彼の前の紙皿には、五センチくらいのホットケーキを二枚重ねている。ホットケーキも大きかったとは思うけれど、何より紙皿そのものが彼が寝転べる大きさなのだから、冗談みたいなサイズだろう。
彼が食べるのを見ながら、自分は冷めた弁当を温め直した。
割り箸についてきた爪楊枝なら、刺すには具合が良さそうだけど、切る目的には使えない。パンケーキの方を切ってあげられればいいのだけれど、今日は包丁は見つからなかった。
熱くないことを確認すると、手づかみで抱えて端から頬張った。
「ん、これは美味しい!」
「喜んでもらえてうれしいけど、それで良かったの?」
「もちろんだとも!
あ、だけど、余ってるミルクを少しもらえると、もっと嬉しいだろうなあ。」
白い紙皿の上にいるからか、絵の具のウルトラマリンを落としたような真っ青な髪が引き立つ。透明な背中の羽は、皿にペタンと載せられているが、先がなくなったようにも見える。
コップになるものが何もないことに気づいたが、とりあえずペットボトルのキャップに入れてみる。
「トゲトゲしているねえ。他のはないのかい?」
心配そうに皿の上に置かれたキャップを見下ろして、小さな手で縁を恐る恐るつつく。
ワガママだと言いそうになったけれど、両手でタライのようにキャップを抱えた様子を見て気づく。キャップの縁のプラスチックの断面は鋭いのだ。いかにも柔らかそうな唇を当てたりしたら、どうにかなってしまうだろう。
回しながら安全そうなところを探しているが、今度はほっぺたに当たりそうだ。
「じゃあ、これ使って。」
リップクリームのキャップを洗って牛乳を入れて差し出した。
少しばかり深いかもしれないけれど、少なくとも怪我はしないだろう。
「持ちにくい?」
持ち上げた様子はポップコーンのレギュラーサイズといったところ。少なくとも縁には危険そうな突起もなかったし、一箇所だけ中に溝があるけれど、怪我するようなものでもない。
「さっきのよりは随分と良さそうだね。
これなら、そう、たくさん飲めるよ。」
そう言って茶化して笑わせてくれた。
そうして二日目の夜は更けていった。
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