期待はずれの朝ごはん
翌朝、目が覚めた時にまっさきに確認したのは、カラーボックスの一番上、彼に与えた部屋だった。
何も考えずに覗き込んだ瞬間、悲鳴のような声が上がる。
「最近の娘には、慎みがないのか!」
だってだってと繰り返しても、適切な言い訳なんか浮かんでこない。
ただひとつ、半目で見返してくる妖精は、確かにそこに実在している。
「良かった、夢じゃなかった。」
そんなことのためにプライバシーを侵害されたのか、と、彼はそっぽを向いて羽をぺたんと閉じてしまった。
機嫌を直してほしいけれど、知り合って半日もない。喜ぶようなことをしてあげればいいのだろうけれど、何が好きで、何が嫌いで、どうしたら幸せなのかわからない。
だいたい、なんで今日みたいな日が平日なんだろう。
「朝ごはん。」
ボソッと聞こえたのは、低いけれど美しい妖精の声。
「え?」
「だから、朝ごはん食べさせてくれたら、許してあげるって言ってる。」
カラーボックスから身を乗り出してそう言ってくれたのは、彼が見た目以上に大人だったからかもしれない。
彼は、時間がないんだろう、なんでもいいよ、そう言いながらも好奇心旺盛にキッチンについてきた。
そういえば羽を広げたところは見せてくれたけれど、飛ぶところは初めて見る。
一生懸命に羽ばたくわけではなく、まるで滑るように舞う。セロファンのように儚く薄い羽なのに、手のひらよりも大きなものを音もなく運んでいる。そんな不思議をゆっくり堪能できないのは実に残念だ。
「それが冷蔵庫だろ?知っているとも。」
狭いシンクに仁王立ちし、自慢げに指差す。
それからピンと羽を立て、たっぷりと間をおいて。
「ミルクが、入っている。あと、卵だ。」
その顔は、ふふん、とでも鼻を鳴らしそうだ。
なるほど、そういうことか。
「ミルクと卵が欲しいんだね。でも残念だけどないよ。」
よほどショックだったのか、羽先がシンクに触れるほどしょぼくれる。あれは犬のしっぽみたいなものなのか。
「あー、ごめん。だけど、妖精が好きな食べ物なんか知らなかったし。」
時計を見ると、家を出ないといけない時間まであと三十分もない。着替えもまだ済ませていない。
ちょっと早くに目覚ましアラームはかけたけれど、いつも通りギリギリに起きて、駅で何が食べるものを買う予定で二度寝してしまったのだ。
妖精のことなんて、二度寝の瞬間にはすっかり忘れていた。
「夜はちゃんと買って帰るから。
だから、好きなだけ、お菓子食べて。」
冷蔵庫にジュースならあった。でも自分で冷蔵庫は開けられないだろう。
お椀に半分ほど移して、小分けのバウムクーヘンとチョコレートの小袋をいくつかむいて皿に並べた。
妖精はまだショックから立ち直れない様子だったけれど、どうしても休むという考えが出てこなかった。
「ほんとにごめん!
埋め合わせは必ずするから、絶対に待っててね。」
慌てて出掛けるその瞬間も、彼はまだシンクの上で立ち尽くしていた。
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