最初の魔法の話

 強く願ったことが叶ったことなんか、一度だってない。それが大事なことならなおさら。

 たくさんの努力が、その努力に見合うだけの報酬を与えてくれるわけではないことをしっていても、自分を見捨てられなかったんだ。



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 平凡な容姿にいまれ、平凡な成績、なんならちょっと芳しくない成績で卒業した。

 美人になりたいとか、憧れていた人に好かれたいだとか、そんなありきたりの願いはたくさんあったけれど、真剣にどうこうしようだなんて思わなかった。そうする前に飽きてしまったし、きっと何かを捨ててまで、欲しいと思わなかったから。

 就職して家から出たはいいけれど、なかなかどうして、自分は自分が期待していたほどやれる子ではなかったことに気付いて、まあこんなものかと見切りをつけた。

 上を見ればキリがないんだから、足元を掬われない程度に下を見て安心しながら、なんとか食べていければいいだろう、そんな諦めもある。


 いつか王子様が?

 それとも宝くじが?


 そんな甘い話はどこにもないってことは知っている。たとえ手にした人がいたって、それは私ではないから。

 棚からぼたもちの奇跡はいつだって、こうだったらいいのにな、なんて、さして重要ではないことばかり。そう、たとえば閉店間際のスーパーで、いつもは買えない半額お寿司が残っていただとか。


 そんな小さな奇跡をつれて、いつも通りに仕事から帰ってきた。

1Kのキッチンに大事な戦利品を置き、窓際、カラーボックスの上に何気なく視線を送る。目にしたのは、信じられないくらいの奇跡だった。

 古いお気に入りのクマのぬいぐるみ、その膝の上に当たり前のように陣取った大きすぎる羽虫にも似たヒトの姿。

 目が合うとサッと開いてくれた薄い羽は透き通っているけれど、蛍光灯の軽薄な灯りを浴びても何色にも定まらない。

 紛うことなくこれこそが奇跡、これこそが魔法、稀有なもの。物語の妖精そのものの姿だ。そのはずなのに、この安アパートの十部屋に、四匹はいるという。

 妖精はその美しい羽を震わせて、ネズミより多いかもなと笑って言った。

「それってどういうこと?」

 作り物のような整った容貌は中性的だけど、胸元の開いた服からは膨らみは見えない。

 それよりも見事なのはあの長髪だ。ブリーチカラーに何回トリートメントをしたら、あんなふうにツヤツヤ透明感のあるペールブルーに染まるだろう。

「だからね、さっきも言っただろう?

 ぼくたちは、そんな珍しいものじゃないって。」

 その生き物の申告によれば、彼は妖精で、一応はオスで、それから成人しているのだという。

 こどもの妖精はさぞ可愛かろうと思ったけれど、友人やパートナーといった関係を目的に人間に近付くのだから、養われるだけのうちは人前に出てはならないことになっているのだそうだ。

「みんな妖精を飼っているって、本当なの?

 さすがに嘘でしょう?」

「本当だとも。知らなかったのは、大っぴらに言うことではないからさ。それに、君なら言うのかい?

 ただ、飼っているっていうのは訂正してくれよ。共生とか、同居とか、せめて借り住まいとか、なんか言いようがあるだろ。」

 不服そうにしていても、全長二十センチあまりでは迫力が足りない。

 彼曰く、概ね大人になった人間の半分くらいには妖精がいて、つがいとは別の関係で共に生きていくらしい。

 彼はそのなかでも力のある妖精らしいけれども、世の中で魔法なんか目にしたことはない。

 そんなに妖精が当たり前ならば、もっと見かけるものだろう。

「魔法なんてお話の中だけでしょう?ああ、あれだ、UMAとかいうやつだ。」

 そう言ってからかってみると、彼は言い返しもせずに、とても悲しそうな顔をした。


 名前で縛る関係は嫌だというので、彼のことはただ妖精と呼んだ。

 彼も、君、としか呼ばない。

 彼が言うには、奇跡や魔法というものは、曖昧なものの間に宿るのだという。


 大人だというならプライバシーを侵害するのは良くない。というか、同じ種族や大きさではないが、異性だ。そう考えると自分が見られていることがなんだか嫌な気がして、カラーボックスの一番上の段を彼の部屋にすることにした。

 普通の人が突然同居を申し出た妖精に対して、どんな扱いをするのか知らないので、これが一般的なのかどうか見当もつかない。

 妖精用のベッドなどはないので、タオル一枚を入れてやったところ、カラーボックス最上階の暮らしに不満があるわけではないらしく、私物を持ち込んでもいいかと尋ねられた。

 この小さな生き物がどんな部屋を作るのか興味があったので、それは構わないと快諾した。

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