第15話 お倫、三味線の撥で留吉の指を切って諭す

 お倫の言葉が終わらぬうちに周りから子分たちが脇差を抜いて襲い掛かって来た。が、お倫は軽やかに身を躱して真直ぐに権三親分の前に立った。

「親分さん、わたしは親分に怨も恨みもございませんが、素人衆を相手の阿漕な外道は渡世の道に沿って許せません。お命と言いたいところですが、今日のところはこれを頂戴致します」

言い終わる間も無くお倫の白刃が光って、権三の髷が地に落ちた。

散ばら髪を握って動顛した権三がお倫に、この野郎!と斬りかかって行ったが、とても敵う相手ではなかった。

お倫の身体が二浮き三沈みして、代貸の助造を初め五、六人の子分が胴を払われて横転した。更に五、六人の子分が斬り込んだが忽ちの内に斬り倒された。

残る子分たちに向かってお倫が静かに言った。

「さあ、皆さん、権三親分も代貸さんもあの世へ行きなすった。もう、窪の権三一家は無くなったんですよ、義理も仁義も要りません、何処へでも好きな処へお行きなさいな」

お倫が未だ刀を握って構えている一同を眺め回すと、子分たちは蜘蛛の子を散らして表通りへ逃げ出した。

 柱の隅で怖れ震えていた留吉の胸座を掴んでお倫が言った。

「留吉さん、良く覚えて置くんですよ。二度と博奕になんか手を出すんじゃありませんよ、解ったね!」

留吉は震えながら声にならない声を出して、頷いた。

「解ったら、さあ、おたかさんとおちせちゃんが待って居るあの長屋に早く帰ってあげなさいな、ね」

留吉を立ち上がらせて表に出たお倫は、道に出るなり、三味線の撥を逆手に持って身を躍らせた。三人の男が足と腕を抉られて転げ回った。そして、留吉の左手からも血が滴った。お倫の撥で小指と薬指の間をざっくりと斬られていた。

「痛ててってっ!」

左腕を持ち上げて地面を撥ねる留吉に、お倫が凛と声を張り上げた。

「その傷は二度と博奕をしない為のお仕置きだよ。良く覚えておきよ!」

そう言ってお倫は手拭を引き裂いて留吉の血止めをし、懐から薬袋を取り出して油薬を塗り込んだ後、手拭の残布で手を縛って血が垂れ無いように肩から吊り下げた。

「あんたは鏡研ぎ師だろう、左手は仕事に差し障りは無かろうから、しっかり右手で仕事をおしよ。磨いて、磨いて、磨き続けていたら、おたかさんとおちせちゃんとの毎日の暮らしの良さが鏡面に見えて来ますよ。それまで頑張ることですよ、ね」

お倫はくるりと背を向けてすたすたと歩き始めた。

「では、わたしはこれで」

留吉は去り行くお倫の背中を凝然と見送った。

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