第14話 お倫、博奕場でイカサマ博奕を見破る

 お倫が導き入れられたのは大きな仕舞屋風の平屋だった。広い間口に八の字型の暖簾がかかり、如何にも博徒を思わせる家形だった。

お倫が手負いの四人を土間に放り出して案内を乞うと、中から五、六人の男がどやどやと現れてお倫を取り囲んだ。

「何でぇ、手前ぇは?」

「親分さんでいらっしゃいますか?」

「親分は奥だ。俺は代貸の助造だが、手前ぇは誰でぇ?」

「これは申し遅れました。わたくし、しがない鳥追いの身、渡り鳥の倫、又の名を居合の倫、と申します。以後、良しなにお見知り置きを」

居合のお倫、と聞いて皆は一様に引く気配を見せた。

「そのお倫とやらが一体全体、何の用なんだい?」

「はい、此方に留め置かれて居ります留吉さんにお目通りしたいと存じまして」

「留吉だと?留吉に何の用が在るんだ?」

「会って確かめたいことが有るんでござんすよ」

「おい、誰か、留吉を此処へ連れて来い!」

代貸の指示で連れて来られた留吉は後ろ手に縛られて縄を打たれていた。痛めつけられでもしたのか頬や額が赤く腫れ上がっていた。

お倫は真直ぐに留吉の眼を見て訊ねた。

「留吉さんは博奕で負けて三十両の借りを拵え、そのかたにおたかさんを差し出したというのは真実ですか?」

「お、俺ぁ三十両も借りちゃいねぇよ、負けたのぁ十両足らずだぁ」

「借金には利子と言うものが付くわな!」

横合いから代貸の怒鳴り声がした。

「ほお、十両の借金に二十両の利子が付くとは随分と法外な話でござんすね、代貸さん。ところで、借金のかたにおかみさんを差し出すとなると、借金の証文は在るんでござんしょうね」

「ああ、証文は確かに此処に在るぜ」

奥から野太い声がして、濃いげじげじ眉毛に揉み上げの長い小太りの男が現れた。歳の頃は三十五、六と見受けられた。

「あっ、親分・・・」

幹分たちが道を開けた。

「俺ぁこの辺りを仕切る窪の権三と言う太者だ。留の奴の詰印もあるぜ、しっかり見な」

「これは親分さん、ちょいと拝見仕ります」

受け取ったお倫はサッと目を通し、留吉に向かって証文を示しながら、言った。

「留吉さん、あんたも男ならおかみさんを差し出す前に、何で自分の身体を賭けてみないんですか!一か八かの丁半博奕に嵌まるなら、それ位の覚悟が無くちゃ出来ないんですよ!しっかりおしよ、全く!今からでも遅くは無いやね。身体を張って取り戻す勝負をしてみたら如何です?留吉さん!大丈夫ですよ、あんたにはあんな良いかみさんと可愛いちせちゃんが付いて居るんだから、ね」

留吉は顔をくしゃくしゃにしながら眼を大きく見開いて、頷いた。

「親分さん、お聞きの通りです。わたしが見届け人になりますから、三十両で身体を張った勝負、受けてやっちゃ貰えませんか?」

「良かろう、解った」

早速に盆茣蓙が用意され、その上に白布が掛けられた。

「留吉さん、向うをお向きよ」

留吉が後ろを向くと同時にお倫の仕込み三味線の白刃が一閃して、後ろ手に縛られた紐と腕に巻かれた縄がぱらりと斬れて落ちた。皆が息も吐かぬ、あっと言う間の出来事だった。

「何を仕上がる?」

「親分さん、縄目の儘じゃ一天地六の生涯を賭けた勝負、ちと、酷すぎますよ、ね」

上座に権三親分が座り、下座に留吉とその横にお倫が着座した。

「ところで、壷を振る中盆は何方がお務めになるんです?」

「助、お前ぇが壷を振りな」

「へぇ」

「代貸さんがお務めになる?良ぅござんしょう」

代貸の助造が二つの賽子を無造作に掴んで壷の中へ入れ、ぽんと盆に伏せた。

「勝負!」

留吉はぶるぶると身体を震わせ、暫く、声が出なかった。

お倫に促されて、漸く、震える声で小さく言った。

「丁」

権三親分の野太い声が響いた。 

「半!」

「良ぅござんすか、良ぅござんすね」

代貸が壷を開けようとした時、お倫の声が轟いた。

「お待ち!このお倫の眼は素人の節穴じゃないんだからね!」

これまでの穏やかで柔らかな声や態とは打って変わって、誰をも威え圧するお倫の貌だった。

「代貸さん、どうぞ其の侭お楽になすって。ゆっくりと両の掌を、指を開いて此方に出しておくんなさいな」

代貸は躊躇って、狼狽えた貌で親分の方を見た。

権三親分は苦虫を噛み潰した。

代貸の右手指の間から賽子が一つ転がり出た。

お倫が摘まんで三度、五度と転がしてみた。が、二、四、六の丁の目しか出なかった。

「代貸さん、これは何の真似です?まさかイカサマ博奕じゃ?・・・」

周りを取り囲んだ子分たちが一斉に長脇差を掴んで身構えた。

「やっぱり、こんな事だろうと思いましたよ。それにしても親分さん、素人衆を相手に、ちと、阿漕が過ぎませんか!」

「喧しい!賭場荒しがどんな仕置きを受けるか手前ぇも知っているだろう。野郎、構わねぇから畳んじまえ!」

「静かにおしよ、騒々しいね!」

お倫が一喝した。それから、留吉に向かって静かに諭した。

「留吉さん、良く見ましたか?素人のあんたが幾らのめり込んでも所詮、勝ち目は無いんですよ。壷の中の賽の目は一、三、五の半しか出ないもので、其処に転がった賽子はご覧の通り、丁の目しか出ないイカサマ賽なんです。解ったらもう博奕は止めることですね」

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