第3話
そしてポートマフィア首領自殺事件から幾つもの月日が経ったある日。
私はあの事件以降不思議と筆が進み、小説を完成させることが出来た。
幾つもの編集者とやりとりを経ての、本当の完成だ。
発売の日時などは要相談だが、一ヶ月もあれば発売されるだろう。
とにかく小説が完成し、芥川はその発売前の小説を読むなり呟いたのだ。
この小説を黒衣の男にも見せてやらぬのか、と。
「何故だ?」
私がそう問うと芥川は少し考えるような動作をして
「あの男が飛び降りる刹那、織田先輩の小説が読めなかったことが悔しいと云っていた故、そう云っただけだ」と答えた。
確か……太宰と云ったか。
何故太宰は私の小説をそんなにも楽しみにしていたのだろうか。何故初対面にも関わらず「織田作」という愛称呼びだったのだろうか。
その疑問はまだ消えていない。だが考えても仕方がないと思う。
それはおそらく私には理解の出来ないような、もっと複雑なもののような気がするからだ。そして、気になったことが一つ。
芥川、太宰はお前にとってー
「その元ポートマフィアの首領さんは、芥川君にとって仇のようなものなんでしょう?何故その人が喜ぶようなことを…?」
側で聞いていたらしい谷崎が聞く。私が疑問に思っていた事と同じ事だ。
そして数秒の沈黙の後、芥川が答える。
「奴が僕にしたことは例え一生をかけても許せるものではない。
現に、今でも許してはいない。だが、あの男は此の世界を守るため……いや、
何方かと云うと織田先輩のため……のようだったが、自ら命を絶ったのだ。
奴自ら命を絶った事により今も世界は保たれている。
僕も、銀も生きている。其の点には少し思うところがある故」
例え今僕らが生きている世界が仮初めの影に過ぎぬとしても。
「そうか」
「もう一つある。奴が、少し僕に似ていたのだ。
飛び降りる直前の寂しそうな、諦めたような眼が大切な人に拒絶されたような眼だ った。故に僕と銀と重ねてしまったのだ。」
そして芥川は今も後悔していると呟いた。
其のような事があり今、とある孤児院にある太宰の墓に来ている。孤児院は子供たちの笑い声に包まれており、端にぽつりとある墓が浮いていた。
そしてO.Dazaiと刻まれた墓には2つ花が挿されていた。大方この孤児院の院長と孤児によるものだろう。此処は元ポートマフィア先代ボス、森鴎外とエリスが経営する孤児院だそうから。そして太宰を慕っていた元ポートマフィア遊撃隊長、中島敦もこの孤児院で暮らしている。先刻、中島敦と遭遇したが、そこには「白い死神」と恐れられ、芥川と紙一重の戦いをした獣の姿はどこにもなかった。そこにいたのは幼い子供たちと笑い、遊び、、、。楽しそうに生きる子供であった。彼に闇は向いていなかったのかもしれない。
そんな彼と孤児たちの燥ぎ声を聞きながら私はもうすぐ発売予定の小説をその墓に供えた。太宰は私が思っている程悪い奴ではないのかもしれない。なぜならlupinで自分の異能は一度も発動しなかったからだ。
それは太宰が「さよなら」と云い残して去っていったその後も。
私の異能力、天衣無縫。これから起こりうる命の危機を知らせる異能。要は未来予知。その異能力が発動しなかった、つまり太宰は最後まで自分に危機を見せることはなかった。彼は、自分を害する心算は無かったのだ。
「なぁ太宰、お前は本当に俺の友達だったのか?」
返事は返ってこない。死んだ人間は何も言わない。
私の口からため息が漏れた。
そして探偵社に戻ろうとその墓に背を向けた時、ふわりと風が舞った。
「ありがとう」
そう、太宰の声が聞こえた気がした。
一人の人間を犠牲とし、今も世界は成り立っている。
犠牲の上に 雨窓美玲 @21808756
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