第2話

私は屋上の縁に立ち、一歩下がった。

このまま体重を少し後ろに傾ければ、風の向きが変われば、落下防止の柵もない此処からは赤子の手を捻るよりも簡単に落ちてしまうだろう。

恐怖はない。私の心は凪いでいた。自殺嗜好者にとって死は救済だ。

恐怖などあるはずがない。

風が強く吹き、私の体が後ろに傾く。

「ああ、ああ、ああ。ついにここまで来た。待ちに待った瞬間だ。楽しみだ。

 本当に楽しみだ。……でもね、心残りもある。君がいずれ完成させる  

 その小説を、読めないこと。今はそれが、少し悔しい」

君とまた酒を飲みたかった。他愛のない話をして3人で笑いたかった。

ねェ、織田作。君が小説を書いていて私と友人である世界は何処にもないのかな。

友人と共にいたい。人間として失格である私には過ぎたる願いだったのかもしれない。

足が地面から離れた。重力に体が引き千切られそうになる程引っ張られ、緩くなっていた包帯が解けていく。

重力…か。なんだか君に殺されてるみたいで癪だよ。中也。

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