犠牲の上に
雨窓美玲
第1話
lupinからマフィアビルまでの道を重い足を引き摺りながら歩く。
先刻織田作に言われた言葉が頭から離れなかった。
「ついさっき初めて会った人間に保証されても、説得力がない」
「俺を織田作と呼ぶな。敵にそんな風に呼ばれる筋合いはない」
本来の世界で織田作は死んだ。私に良い人間になれという遺言を残して。
そして織田作が生きて、小説を書いているこの世界では君と私は敵同士。
本来の世界の感覚でいては駄目なんだ。
ここは織田作と最後まで親友でいられた世界ではない。
私が本来の世界の記憶を持つのは私の異能無効化能力の特異点によるものであって、異能無効化能力を持たない織田作にとって私は知らない人間
どころか敵の首魁であり、友達だと思っているのは……知っているのは私だけなのだから。
建物入り口前のロビー。そして侵入者である芥川君と、鏡花ちゃんと敦君が会敵した3階までの廊下は沢山の死体と破壊痕で埋め尽くされていた。今も窓の外、空中で戦っているのだろう。振動がマフィアビルを包んでいる。黒き禍狗と白い死神。
どちらが勝つのか楽しみだ。
最上階の廊下の突き当たり。堅牢なつくりの両開きの扉を開くと誰もいないはずのその部屋に人影が見えた。その人物は振り返り、私に近づく。その眼に宿すは芥川君そっくりの鋭い光。外にいるマフィア構成員に下の階の後片付けを命じ、扉を閉める。
もうすぐ計画の最終段階。もうすぐ、全てが終わる。
「首領。お願いがございます。」
そう言って銀ちゃんは懐から細長い封筒を取り出した。嘆願書と書かれたその封筒を私の手に握らせる。
「兄の処刑命令を取り消して欲しいのです。勿論、何を代償としても構いません」
「それは君の命、でもかい?」
「はい」
「…芥川君は愛されてるねぇ、、でも残念ながら、君の命は必要ない」
沈黙が落ちる。
私が芥川君の処刑命令を取り消さないとでも思っているのだろう。顔には出ないが爪が手に食い込むほど拳を握り込んでいる。
だが、流石何年も私の秘書をしてきた子だ。感情に任せず、冷静に静かに言う。
「兄は、私を救おうとしてくれただけです」
「では尚更君が死んだら意味がないだろう」
「いえ、私が居てはダメなのです。私が側に居れば、兄さんは周囲を破壊する云い訳に私を使う。貴方がそうおっしゃったのですよ」
「ああ、そうだね。でも君はそれを否定したかったのではないのかい?」
「いえ、もういいのです。首領のおっしゃった通りでしたから。」
そう言い終わると同時に銀ちゃんは眼を見開いた。気づいたのだろう。私が銀ちゃんと芥川君、両方殺す気がないことに。
「姿を消すといい。芥川君が成長し、善になれる日が来るまで」
「来るのでしょうか。そんな日が」
「妹が兄を信じなくてどうするんだい?」
「…そう、ですね。少しぐらい期待しても良いのでしょうか」
私は肯定も否定もしなかった。
無言で執務室の扉を開け、廊下に出る。
扉の閉まる直前、隙間から見えた彼女は優しく微笑んでいた。
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