第32話 物語の始まり

三人で絵本を作ることが決まり、私たちはそれぞれの役割を少しずつ考え始めていた。美香さんは「刺繍で絵本の挿絵っぽいデザインを作りたい!」と張り切り、咲子さんは「……私、小物や背景に使えそうな布のデザインを作ってみたい」と静かに話した。


「僕は絵と物語を考えてみるよ」と言うと、二人は「それなら田中さんがぴったりだよね」とうなずいてくれた。


カフェで集まり、アイデアを出し合いながら、少しずつ物語の輪郭が見えてきた。テーマは「春」。小さな動物たちが新しい季節を迎えながら、それぞれの一歩を踏み出していく物語にしようという案が自然とまとまった。


「例えば、小さな鳥が飛ぶ練習をする話とかどう?」と美香さんが提案すると、咲子さんが「……その鳥が、友達に支えられながら勇気を出して飛ぶのはどうかな」とつぶやいた。


その言葉に、私は心が温かくなるのを感じた。咲子さんが自分自身の経験を重ね合わせながら物語を考えているのが伝わってきたからだ。


「それ、すごくいいね。春の空に向かって飛び立つ鳥たちの話にしよう」と私がまとめると、美香さんも「うん、それなら素敵な絵本になりそう!」と賛成した。


私たちはそれぞれの役割に取りかかることにした。美香さんは早速刺繍のデザインに取りかかり、咲子さんは布を使った背景や小物の作成を進め始めた。


私も自分の家でスケッチブックを開き、物語の文章を考えたり、春の景色を描いたりしていた。小さな鳥が空を見上げ、友達と一緒に新しい世界に挑戦する姿。それをイメージしながら、言葉や色を少しずつ重ねていった。


ある日、咲子さんが「これ、どうかな」と持ってきた布の背景には、小さな花や草原が丁寧に描かれていた。「すごく優しい雰囲気でいいね」と私が言うと、美香さんも「これ、物語にぴったりだよ!」と嬉しそうに言った。


「本当に?」と咲子さんが少し照れくさそうに聞くと、私たちは力強く「もちろん!」と答えた。その表情は、どこか自信に満ちたものに変わっていった。


私たちは週に一度カフェで集まり、それぞれの進捗を見せ合いながら、絵本の形を少しずつ具体化していった。


「この鳥のキャラクター、もう少し大きな目にした方が可愛いかな?」と美香さんが刺繍デザインを見ながら提案し、私が「それいいね。物語の中でももっと感情が伝わりそう」とうなずく。


咲子さんも「……この背景の布、もう少し色を柔らかくした方がいいかも」と自分から意見を出すようになり、私たちは彼女の成長を感じていた。


春の穏やかな日差しの下で、私たちは新しい挑戦を楽しんでいた。それは、ただの絵本づくりではなく、私たち三人の絆をさらに深める作業だった。


物語の中の小さな鳥たちが空を目指して羽ばたこうとしているように、私たちもまた新しい未来に向かって少しずつ進んでいるのだと感じていた。


これからどんな絵本が完成するのか。期待と楽しみを胸に、私たちは次のステップへと歩み始めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る