第28話 小さな試練

イベント準備が順調に進んでいたある日、咲子さんからメッセージが届いた。「今日、少し相談がある」と書かれていた。その内容に心当たりがなく、私は少しだけ不安を感じたが、同時に「きっと大したことではない」と自分に言い聞かせ、いつものカフェに向かった。


咲子さんはすでに席に座っていたが、どこか緊張している様子だった。美香さんもすぐに到着し、私たちは「どうしたの?」と声をかけた。


咲子さんは少し迷った後で、「実は……イベントに出るのが少し怖くなってきた」と打ち明けた。


「怖い?」と美香さんが尋ねると、咲子さんは小さくうなずいた。


「前のイベントでは、皆がいたから何とかできたけど……今回は、もっと多くの人が来るって聞いて、それを考えただけで怖くなっちゃって……」


その言葉に、私は彼女の心の中の不安がどれほど大きいものかを感じた。場面緘黙症の彼女にとって、多くの人の前に立つことは想像以上に大きな負担になるだろう。


「咲子さん、大丈夫だよ」と美香さんが優しく言った。「無理はしなくていいんだから。出るのが怖いなら、それはそれで全然いいよ。」


私も「そうだね。無理をして参加して、辛い思いをするよりも、自分が安心できることを選んだ方がいいと思うよ」と続けた。


咲子さんは少し考え込みながら、「でも……二人が一生懸命準備してるのを見て、私だけ逃げるのは嫌だなって思う」とつぶやいた。その言葉には、彼女の中で葛藤が渦巻いているのが伝わってきた。


しばらく沈黙が続いたが、美香さんがふと明るい声で言った。


「じゃあさ、こうしよう!当日は、咲子さんが無理しない範囲でいてくれるだけでいい。お客さんに話すのは私が引き受けるし、咲子さんは作品を並べたりするだけでも十分だからさ!」


その提案に、咲子さんは少し驚いたようだったが、やがて小さく微笑み、「それなら……できるかも」と答えた。


「よかった!」と美香さんが笑顔で答え、「みんなでやるんだから、一人で全部抱え込む必要なんてないんだよ」と続けた。


私も「そうだよ。咲子さんが無理をしないで参加してくれることが一番大事だから、少しずつでいいんだ」と声をかけた。


その後、私たちは自然と話題を切り替え、イベントに向けての楽しい話を始めた。咲子さんの表情も次第に和らいでいき、彼女が少しずつ前向きになっていくのを感じた。


帰り道、咲子さんが小さな声で「ありがとう。皆がいてくれると、怖いけど……少し頑張れそうな気がする」とつぶやいた。


その言葉に、私は「僕たちはいつでも一緒だよ」と静かに答えた。


イベント当日がどうなるかは分からない。それでも、咲子さんが一歩踏み出そうとしているその姿勢が、私たちにとって何よりも大切だった。


小さな試練が訪れたけれど、それを乗り越えるための絆は確かに私たちの間にあった。咲子さんが感じる不安も、私たちが共に乗り越えるべき大切なものだと思えた。

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